第193話
二品目は、生パスタの生地が残っているのでそれを使うことにしよう。
テーブルの上に麺打ち台の板を置いて、麺棒で長方形に伸ばす。厚さ二ミリ程度に伸ばしたら四センチ四方にカットしていく。
ひと切れずつ直径一センチ程度の棒に巻いて圧着すると、マカロニ状のパスタが出来上がる。最後に巻き簾に押し付けて溝をつければ、生リガトーニの出来上がりだ。
分量は二人で一人前分。
パンツァネッラにパンが入っているから、パスタは少なめで充分だ。
着火剤を使って簡易コンロに火を着けたら、一方でキュリクスの鍋を温め、もう一方で湯を沸かす。
沸騰した湯に生リガトーニを入れて茹で、浮き上がってきたら掬ってキュリクスの煮込みの中に入れる。
肉の塊を潰しながらリガトーニと和え、最後にオリーブオイルを振りかける。一時流行った「追いオリーブ」ってやつだが、熱々のパスタから水分が蒸発するのを防ぐ効果がある。
最後に皿に盛り付け、摩り下ろしてたパルミジャーノ・レッジャーノ、刻んだパセリ
パーコレーターにコーヒー豆を入れたバスケットをセットしているところでミミルが戻ってきた。
〈朝食は?〉
〈ああ、丁度できたところだ〉
少し離れたところから俺に声を掛けてきたミミルだが、食事ができていると聞いた瞬間、花が咲くような笑顔を作って駆け寄ってくる。
まったく、現金なやつだ。
〈こ、これはほとんど草じゃないか〉
〈野菜はお通じを良くする効果があるからな。食べるほうがいいんだ〉
〈う、わ……わかった〉
妙にミミルが素直だが、恐らくお籠りになった直後だからだろう。
俺とミミルは魔素のせいで細菌が生存しづらい腸内環境になっているから、
俺は下し気味で、ミミルは……なので、やはり野菜は大切だ。
「いただきます」
「――い、いただきます」
椅子に座り、俺が食事前の感謝の言葉を述べるとミミルも思い出したように後に続いた。
少しバツ悪そうに俺の方を見ているところ、普段は直ぐにフォークを突き刺している自分のことを思い出したんだろう。
だが、すぐに何ごともなかったようにパンツァネッラへとミミルはフォークを突き刺して目の前に持ち上げる。
アンチョビで風味を付けているとはいえ、そこに肉や魚のようなものが入っていないのを確認し、少し残念そうな顔をしている。
だが、口に入れるといつものように口いっぱいに頬張り、音を立てて顎を動かし始める。
それを見て俺も取り分けたパンツァネッラに向き合う。
ふんだんに入れたオリーブから爽やかな香りがふわりと漂ってくる。
ドレッシングを吸ったパンにフォークを突き立て、口の中へと迎え入れる。
ニンニクにオリーブオイル、ブラックオリーブ、アンチョビ……いろいろな香りが混ざり合い、複雑な香りになって口の中に広がる。
歯を立てると胡瓜を噛み砕く音が顎を伝わり、青臭い香りがふわりと口蓋いっぱいに広がると、ブラックオリーブの甘い香り、爽やかなグリーンオリーブの香りが塗り替える。
そして、パンに染み込んだドレッシングがじゅわりと溢れ出し、塩味や酸味、野菜の旨味が舌に広がる。
〈うん、美味いじゃないか〉
〈しょーへいが作ったのだから美味いのは間違いない。ただ、肉がないのはなんだか寂しい〉
〈だったらそっちの皿の方を食べればいいぞ。キュリクスの煮込みが半端に残ってたから、食べきるために〝リガトーニ〟という短い麺に和えたものだ〉
〈ふむ……〉
ミミルはもう一つの皿を引き寄せると、
唾液を飲み込む音が聞こえると、急いで右手のフォークをリガトーニに突き刺し、ソースを絡め取るようにして口に運んだ。
小さく鼻息を吐き出し、二回、三回と顎を動かすと少しずつミミルの頬が緩んでいくのが見える。
『――じろじろ見るなっ!』
恍惚とした表情にとろりとした目つきをしながら、強めの語尾で念話を入れてきた。実に器用なことだ。
〈はいはい……美味いか?〉
『ん、うまいっ!』
味見を済ませている俺も、あくまでキュリクスの煮込みとリガトーニを和えたところまで。キュリクスはダンジョンの魔物だから、盛り付けてからチーズを下ろした後の味までは俺もまだ知らない。
だが、こうして幸せそうに食べてくれるミミルを見ていると、その料理を作った俺も幸せな気分になって、つい頬が緩む。
俺もフォークをリガトーニに突き刺し、崩れたキュリクスの肉と共に口の中へと押し込む。キュリクスの煮込みから漂う肉の風味に赤ワイン、香味野菜の香りが広がると、舌がキュリクスの煮込みの味を認識する。
無意識のうちにリガトーニと解れた肉に歯を立てると、肉の隙間からじゅわりと旨味が溢れ出してくる。生のリガトーニのむっちりした食感を邪魔をしない程度に存在を主張してくるのがまたいい。
俺たちはキュリクスの煮込みで作ったパスタの旨さについ言葉を忘れ、あっという間にパスタだけを食べ終えていた。
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