第192話
この安全地帯らしき場所に現れるというだけでラウンと似た能力を持っているということに気づいておくべきだった。
蔓で脚を括り付けているから大丈夫だろうと思い込み、気を緩めていた俺のミスだ。
〈も、申し訳ない……〉
〈いや、私の方こそすまない。もっと注意して見ておくべきだった〉
寝起きで俺も、ミミルもまだ素足のままだ。
この状態でテントの中から出るわけにも行かず――ミミルも出るフリをしただけだ――躊躇したのは二人とも同じ。ラウンと同様、瞬間移動したりする可能性を考慮していなかったという点も二人とも同じだ。
ここで意味のない譲り合いをしても仕方がない。
〈それで、ミミルも知らない鳥だったんだな?〉
〈うむ、どこのダンジョンでも目にすることがなかった鳥だ。もちろん、エルムヘイムにも存在しない種類の鳥だった……いや、ちょっと待て〉
〈だったら食事の用意をするよ〉
ミミルが思い出している間に、朝食を作ってしまおう。
色は違うが、鳴き方も同じだし、少し丸みを帯びていたが外見は鶏だったから、もう胃袋まで鶏な気分だ。
鶏肉は仕入れていないので、食事に出せないのが残念だ。
履きかけだった靴に脚を入れ直し、紐を結ぶ。
そういえば、コンピューターを起動することをBoot upと言うが、一日の始まりにブーツの紐を結び上げることから来ているらしい。こうして靴を最初に履かないといけない場所だとそれを強く実感する。
ミミルも食料を出したり、調理器具を出したりするために外にでないといけないからブーツを履くようだ。
調理テーブルの上を見ると、さっきの鶏が土足で上がったせいで泥がついて汚れている。
仕方がないので水魔法で水球を作り、洗い流す。
乾燥は習ったばかりの風魔法だ。
「――ブリーズ」
広げた両手の前に魔素が集まると、そこから前方へ送り出して風が起きる。
魔素を集めながらできるので魔素を循環させて送り続けることもできる。
布巾を手にとって拭いたほうが早いのだが、ミミルがまだテントから出てこないから仕方がない。
拭き取るというより、吹き飛ばすといった感じでテーブルの上が乾いた頃、
〈ミミル、また食材を出してくれるかい?〉
ミミルは仕方がないといった顔をして、テーブルの上に食材を並べていく。
パンの類は多めに買っていたのだが、半分くらいは減っている。まあ、残ったらミミルの空間収納に仕舞っておけばいいが、少しここで使うことににしよう。
他に残っている野菜は基本の香味野菜とトマト。こいつらはたっぷりと残っている。
他には胡瓜、茄子、ズッキーニ……はそれなりだ。
もちろんブロッコリー
魚介は冷凍の手長エビとムール貝、生のアサリに
腕を組んで何を作るか考えていると、ミミルが話しかけてくる。
〈先ほどの鳥のことだが、グリンカンビという記述が出てくるダンジョンがあったのを思い出した。金色の頭と脚をした鳥だ〉
外見上はとても似た鳥がいるということか。
第一層の守護者だったボルスティは、恐らく第一層出口に書かれていたギレンボルスティの劣化版。
ということは、さっきの鶏はグリンカンビの劣化版なのかも知れないが……。
〈その鳥に関することって、他にどんな記述があるんだい?〉
〈しょーへいには自分の目で確かめて欲しいのだが、このダンジョンにはグリンカンビの記述はなかったはずだ。仕様がないか……〉
〈このダンジョンの出口部屋には全て書かれているんじゃないのか?〉
〈いや、層によって複数のダンジョンで重複するものもあるが、特定のダンジョンにしかないものもある〉
このダンジョンは二十一層までしかないので、二十一種類の話が書かれているはず。
それ以外のものは他のダンジョンに行かなければわからないのなら、個別にミミルから教わるしかない。
〈わかった。まずは朝食を食べてからにしよう〉
〈うむ。では少し行ってくる〉
ミミルは
俺もその間に料理を済ませることにしよう。
先ず、紫タマネギをスライスして空気に晒しておく。
次に、ワインビネガーとオリーブオイル、魔法で生成した水をボウルに入れてドレッシングを作り、そこに一口大に切ったバケットを入れて染み込ませる。
トマトはピーラーで縞模様になるように皮を剥いた胡瓜と共にひと口大にカットしておき、ブラックオリーブ、グリーンオリーブは種を取って輪切りにする。
最後にニンニク、アンチョビ、ケイパーを刻み、バジルの葉を千切ったら、パンが入っているボウルへ全てを投入して混ぜ合わせる。
三十分ほどすれば、イタリアで夏場に好んで食べられるパンツァネッラの出来上がりだ。
普通は冷やして食べるのだが、まだ起きたばかりだから常温にしておこう。
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