第二十章 ミミルの様子
第191話
けたたましい鳴き声に飛び起きる。
周囲を見回してテントの中、つまりダンジョンに潜っていることを思い出すと、同じように目を覚ましたミミルと目を合わせた。
〈なんだなんだ?〉
〈知らん、わたしも初めて聞く鳴き声だ〉
普段、寝起きが悪いミミルだが流石にいまの鳴き声に驚いて完璧に覚醒している。
音を立てないよう、テントの出入口のファスナーを少し開いて外を見ると、朝食を食べるまではと出しっぱなしにしていた簡易テーブルの上に何かがいる。
背に朝日を背負うように立つそのシルエットは丸みを帯びている。
――またラウンか?
寝起きというのもあって陽の光が眩しい。
遮るように手を
二足歩行の丸い体型に、上へと伸びた首、嘴があって頭頂部には何やら飾りのようなものが生えている。
見た目はカラスそのものだったラウンとは違い、羽毛が輝いて見えるところをみると体色は黒ではない。
このシルエットは……。
「鶏?」
〈しょーへい、私にも見せろ〉
ミミルがグイグイと袖口を引っ張ってくる。
ダンジョンのことはミミルの方がよく知っているんだから、早くミミルに見てもらってこいつの正体をはっきりさせた方がいいだろう。
〈チキュウにいる鳥に似ているんだが……どう思う?〉
〈いいから替れ!〉
その小さな体躯に似合わぬ強い力でミミルは俺を引っ張り、強引に覗き窓の前へと移動する。
「コッ、コケーッ!!」
だが、ミミルが少し開いた出入口から外を見た瞬間、その鶏のような生物の鳴き声がして、テントへと突っ込んできた。
ミミルが慌てて出入口から身を引くと、鶏そのものの頭が開いた出入口からすっぽりと顔を出す。
目覚まし代わりに叫んだ鳴き声は全て聞こえていたわけではない。
だが、白い丸に黒く塗ったような丸い目、小さいが何かを突いたり地面を
それに先ほどの鳴き声を加味して考えれば、地球人の一人として出す答えはひとつ――こいつは鶏だ。
呆気にとられて見ていると、鶏はバタバタと両羽を羽ばたき、強引に身体を捻ってテントの中へと侵入を果たして走り回る。
〈な、なんだこいつは〉
〈なんだって……ニワトリじゃないのか?〉
〈こんな鳥は知らん!〉
鶏はミミルの周りをグルグルと駆け回っているが、特に俺たちに危害を加える様子がない。
何やら興奮した様子で走り回っているだけだ。
だが、暫くすると疲れてきたのか、ミミルの前で立ち止まる。
首を動かし、左右の目で交互にミミルを見つめると「コッコッ」と小さく鳴き声を上げながら俺の前へと移動する。
「――イテッ!」
寝るためにブーツを脱いでいるというのにスネを一発突かれた。
硬い嘴で皮膚の薄いところを突かれたんだ。
ダンジョンでいろいろと肉体が強化されているとはいえ、痛いものは痛い。
『しょーへい、この鳥は美味いのか?』
ミミルの念話での問いに首肯で返す。
地球にいる鶏と同じなら美味いはずだ。
若鶏なら身が柔らかく香りが穏やかだが、親鳥なら香りが強く身が締まっていて旨味が濃い。そのどちらかで料理の仕方が変わってくるが、旨いのは間違いない。
『ならばここで倒すか』
いや、ここで倒されるとテントの中が血だらけになってしまう。
ミミルなら綺麗に洗い流したりできるのかも知れないが、地球の化学繊維でできた生地だからミミルの洗い方では綺麗にならないかも知れない。
首を横に振って、外を指さす。
ミミルも俺の意図を理解したのか、頷いてそっとテントから出る。
鶏は
――いまだ!
完全に背を向けた鶏に飛びつき、捕獲すると両足を持って逆さにする。鶏は当然暴れて逃げようとするのだが、俺が上下に鶏の身体を振ってやるとすぐにおとなしくなった。
〈こ、この鳥は覚悟を決めたのか?〉
〈脚を持って逆さまにして上下に揺するとこうなるんだ〉
〈ど、どうしてそうなるんだ?〉
〈貧血を起こすんだってさ〉
ミミルが〈ほう〉と感心したような声を出す。
未知の生物の習性を俺が知っていたことに対する驚きが含まれているのだろう。だが、庭で飼っているような鶏を捕まえて締める……なんてことをする人は大概知っていることだ……。
〈何か縛るものはある?〉
〈ん、ああ……これでいいか?〉
鶏の脚を縛るため、紐のようなものをミミルが持っていたら出してもらおうと思ったのだが、出てきたのは何かの草の
空間収納だと時間経過しないので生木のままだ。ゴワゴワとして結びにくいが、結んでしまえば吊るして血抜きができる。
テントの外で作業するため靴を履こうと地面に横たえると、鶏がまたバタバタと暴れだした。
貧血の効果は一時的なものだから仕方がない。
「コッコッコッ、コケーッ!!」
鶏は甲高い鳴き声を上げ、二枚の尾羽根を残して姿を消した。
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