第189話

 数を撃って練習となると、その目的は二つ。

 ひとつは、最適な射出角を見つけるということ。

 もうひとつは、一定速度を保つことができるようになること。


 実際に数発撃ってみたところ、速度にむらがあるし、射出角度にもむらがあって届かなかったり、丸太の下の方に当たったりする。

 だが、いま考えるべき問題はやはり……。


〈ミミル、少し水球の大きさを小さくしたいんだが……〉

〈どうかしたのか?〉

〈水球が大きいと魔力の減りが早いんだよ〉

〈そうか……確かにしょーへいにはキツイかも知れんな。拳の大きさくらいにするといい〉


 ダンジョン内は場所によって濃淡はあるものの、魔素に満ちている。

 その魔素を取り込んですぐに魔力にすることができるのだが、使う量が多すぎると急激に疲れる。

 あと十発もいまの大きさの水球を打ち込んでいたら倒れていただろう。

 それくらい、大きな水球を飛ばすのに魔力を消費する。


 さて、今まで作っていた水球の大きさは直径約二十センチメートル。質量は約四千二百ミリリットル。

 これを直径十センチにすると、質量は五百二十三ミリリットル……約四分の一になる。

 射出するのに必要なエネルギーも、少なくなるのでかなり楽だ。


〈じゃ、これくらいで……〉


 ミミルの言うとおり拳の大きさ――直径約十センチ程度の水球をつくり、先ほどと同じように男子プロテニス選手のサーブをイメージして射出する。


 だが、上手くいかない。

 放物線を描いて飛ぶといっても、初速が秒速六十メートルもあるのだから僅かな角度差で当たる場所に大きな差が出てしまう。


〈角度を意識するのでもなく、狙う場所を意識するのでもない。魔力砲のときに教えたように、どんな軌跡を描くかを考えて放ってみろ〉

〈風の補助を使うのかい?〉

〈違う。どう飛んでいくのかを想像して魔力を使え〉

〈はあ、そんなもんなのか?〉


 テニスのサーブなんかもイメージが大切だと聞いたことがある。コースと速度、球種による球の変化をイメージしながら打つらしい。

 それで思い通りのサーブが打てるというのはそれだけ練習をしたからだと思うのだが……。


〈剣や槍、弓……これらも失敗したあとに素振りをする意味はない。成功したあとにその感触を確かめるように素振りなどをして感覚を覚える。それができれば同じ水球でもこんなことができるようになる〉


 ミミルはまとにしている丸太に向けて半身に構え、右手を斜め上方に構えて水球を放った。


 打ち上がった水球は、ゆっくりと放物線を描いて落下し、正確にまとの丸太へと直撃した。


 その結果を確認し、ミミルはこちらへと視線を向けるとまたドヤ顔を見せる。


〈どうだ?〉

〈すごいな、流石はミミルだ〉


 ミミルは口角を上げてみせる。

 その表情を見るに「当然だろう」とでも言いたいのだろう。


 生まれてから百二十年近く魔法を使い続けているミミルだからこそできる技なような気もするのだが、手を掲げた角度に応じて射出速度が変わっている。緻密に計算して角度から秒速何メートルで射出する――などと計算しているわけではない証拠だろう。


〈さあ、続きだ。この水球ができるようになれば、石礫も飛ばせるだろうし、氷塊も問題なく飛ばすことができるはずだ〉

〈お、おう〉


 ――魔法とは想像し、創造するもの。


 角度だ、速度だというのは物理学。地球の進んだ科学があるからこそ判る知識。

 また忘れかけていたが、とにかく想像することが大切なんだ。


 ミミルに言われるまま、二十メートル先に立つ丸太に向けて半身で構え、右手を突き出して水球を呼び出し、飛ぶ軌道をイメージして魔力を込めて射出した。


 ほぼ魔力を込めた瞬間に飛び出した水球は、一瞬でまとである丸太に直撃して爆散。

 瞬きしていたら見えていなかったかもしれないくらいの速度が出ている。


〈今のは悪くない。いまの感覚を覚えているか?〉

〈そうだな……〉


 再度右手を翳す。

 伸ばした手の直線上、ほんの僅かに弧を描くイメージだ。


〈大丈夫だ、覚えてる〉

〈ではもう一度、大きさを戻してやってみろ〉

〈あ、うん〉


 魔力の消費がとても激しいが、一発くらいなら大丈夫だ。

 直径二十センチの水球をつくり、同じようにほんの僅かに弧を描いて飛んでいくイメージを作って魔力を流し込む。

 今度は一呼吸置いてから水球が射出されるのだが、一瞬でまとである丸太に着弾し、轟音を立てて爆散した。


〈これはこれは……〉


 ミミルが感心したような声をあげる。

 充分な威力がでているということなんだろうか。


〈いまの魔法はミミルが見て充分な威力があったかい?〉

〈ああ、充分だ。離れているので見えにくいが、まとの丸太は土に埋まっている部分より少し上で折れてしまったようだ〉


 よく見ると、倒れたりはしていないが、根元のあたりから見事に折れている。どうやら、このあとは石礫や氷塊を使う魔法を練習するというのに、少々やり過ぎてしまった。


 反省する俺を横目にミミルは二十メートル先まで進むと、新たに穴を掘って丸太を立てる作業を始めた。



















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