第188話

 丸太を地面に突き立ててきたミミルが戻ってくる。

 六メートルはある丸太を空間収納から取り出して穴に突き立てるという作業を見ていて、見た目は幼いミミルが実は地球の男では太刀打ちできないほどの力持ちであることを改めて実感した。


〈結構たいへんな作業だと思うのだが……早いな〉

〈毎日のことだったから、慣れているのだろう〉

〈毎日こんなことをしてたのか?〉

〈そうだが?〉


 地面に三メートルも穴を掘って、六メートルの丸太を半分埋めて突き立てる……なんてことは普通に生活する上で絶対にないだろう。

 ミミルはエルムヘイムで、フィオニスタ王国ではどういう役割を担っていたのだろう。


〈では始める。まずは水球から手本を見せるから、魔力視も使ってよく見ておけ〉

〈ああ、わかった〉


 俺の返事を聞いてミミルは右足を前にして半身に構える。

 そのまま右手を上げ、突き立ててきた丸太に向けて右手を翳し魔法を発動する。


〈――ヴォワクロ 〉


 途端にミミルの右手の前に直径二十センチほどの水球が生まれ、ものすごいスピードで飛び出していく。

 ミミルの手から飛び出した水球は一秒もしないうちに丸太に直撃。

 とても硬いものが丸太に当たったような轟音を立てると、水球は爆散した。


「すげぇ……」


 ものすごい速度だ。少なくともバッティングセンターで最速と言われる打席に立っていてもあの速度では飛んでこない。

 時速何キロくらい出ているんだろう。


 ミミルが俺の方を見上げ、ドヤ顔で俺の言葉を待っている。

 さっきのはただの感嘆符のようなものだからな。


〈すごい威力じゃないか。どれくらいの速度で飛んでるんだ?〉

〈エルムヘイムの速度で言ってわかるのか?〉

〈ああ、それはわからないな〉


 エルムヘイム共通言語で話す、聞くはできる。言葉では何の単位なのかはわかるのだが、具体的に地球で使われている単位に換算した場合のイメージが湧かないんだ。


〈今後は地球で暮らすことになるのだ。地球の単位を教わって話すほうがよかろう〉

〈わかった。地上に戻ったら教えるよ〉

〈なんだ、単位程度のことも説明できんのか?〉

〈そうじゃない。詳しく話そうとしたら調べたいことが出てくるからだよ〉


 例えばメートルという単位は北極点から赤道までの子午線上の距離を千万分の一にした長さと最初に決められたはずだ。

 しかし、潮の干満や海面水位の上昇などもあって、普遍的で正確な長さにするため一秒間に光が進む距離から算出するように変わった。

 その算出方法までは覚えてないから、それを調べられる場所で教えたい――それが俺が地上で説明したいと思う理由だ。


〈なるほどな。だが、決して忘れるなよ〉

〈ああ、わかったわかった。で、どうすればいい?〉

〈水球を作るところまでは生活魔法と同じ。前に飛ばすのは魔力砲と同じで、飛んでいくところを上手く想像する必要がある。このとき、勢いが弱いとまとに当たる前に地面へと落ちてしまうし、勢いがあっても少しずつ落ちていく。水平ではなく、少し上に向けて放たなければならん〉

〈なるほどね……〉


 ダンジョンの中でも重力が働いていて、水球や氷塊、石礫などは放物線を描いて飛んでいくことをミミルは知っているようだ。

 その上で、二十メートル先の的に当てるために必要な勢いを与えて飛ばしているということだ。

 ピッチングマシンよりも遥かに速いくらいだから、時速百八十キロくらいだろうか。一時間は三千六百秒だから、秒速で五十メートル。

 的である丸太までは二十メートルとして、五分の二秒で当たるイメージということか。あとはどれくらい落ちるかと空気抵抗だな……秒速六十メートルは必要かな。


〈なにをぼんやりとしている、手本を見たのだからやってみせろ〉

〈はいはい、わかりましたよ〉


 秒速六十メートルってことは時速二百十六キロか。

 男子プロテニス選手のサーブくらいの速度で射出されるイメージを作ればいいんだな。


 ミミルと同じようにまとの丸太に向かって半身に構え、右手を突き出してそこに魔力を込める。

 慣れたもので一秒もかからず水球ができあがる。

 その水球を維持し、男子プロテニス選手のサーブが二十メートル先にある丸太に当たるような速度をイメージして魔力を込めた。


 一気に魔力が身体から抜け出る感覚。

 瞬時に約四キロある水球を時速二百キロを超える速度で射出するんだから、それだけのエネルギーが身体から消費されるということか。


 しかも残念なことに、水球は僅か手前で地面へと落ちて爆散した。水球の勢いのせいで、ラベンダーに似た香りを放つ馬酔木あせびのような花をつけた草が根元から吹き飛んでいる。


 失敗の原因は、角度だろうか。それとも、速度が不足していたのだろうか……。


 首の関節を軋ませるようにミミルへと顔を向けると、ミミルは腕を組んで立ち、小さな眉間にシワを寄せて水球が落下した場所を眺めている。


〈何をしている、もう一度だ〉


 ミミルの意見を聞きたかったが、とにかく数撃って練習しろってことらしい。

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