第67話
祭壇のような台の上、入口部屋に下りる階段近くに立って、眼前に広がる草原を見渡しているとまだ眠そうに目を擦りながらミミルが階段を上がってきた。
「おはよう」
『ん――』
先に眠ったのは俺の方だし、ミミルがどれだけ起きていたかもわからない――というか、俺もどれだけ眠っていたかわからない。
第二層で地上の十分の一になることで与えられる時間が増えるのはとてもありがたいが、第一層で七時間ほど過ごしていると、合計でどれだけ時間が過ぎたのかわからなくなってくる。
ポケットに入っているスマホを取り出して時間を確認すると、画面表示は一四時二三分。
ミミルと買い物に出かけたあと、ピザ窯の職人達が帰っていったのは一七時くらい。料理をして食事を済ませたのは二〇時を過ぎていた。ダンジョンに入ったのが二一時だとすると、十七時間と二三分経過していることになる。
ダンジョン第一層で七時間、第二層で絵本を読んだりして体感で三時間経過しているとすると、七時間くらい寝ていたということになるだろう。実際に二一時にダンジョンに入ったわけではないだろうし、誤差はあると思うが結論としては「充分な睡眠時間は得られた」ということだ。
そんなことを考えていると、左腕の袖口がくいくいと引かれる。
視線を向けると、そこにはミミルが少し不機嫌そうに俺を見上げている。
「どうした?」
『あさ、ごはん』
「ああ……そうだな」
ミミルに返事をしたものの、俺は特に荷物を持ち歩いているわけではない。手に入れた魔石がポケットに入っているだけ……食べるものはミミルが持っている。
その場に座ると、ミミルがスーパーで買ってきたお惣菜などを広げ始める。目覚めてすぐに鶏の唐揚げやコロッケ、チキン南蛮などを並べられても食欲が湧かない。
いくつか袋を取り出したところで、ようやくサンドウィッチやおにぎりが入った袋が出てきた。
俺は迷わずたまごサンドとツナマヨサンドが入った袋を手にとる。一方、ミミルは目の前に鶏の唐揚げを広げ、片手にはおにぎりを手にしている。
「ミミル、それ……」
『――ん?』
唐揚げをおかずに、唐揚げが入ったおにぎりを食べようとしてないか?
まぁ、本人に違和感がないのなら別にいいことなのかも知れないが……せめて、少しはバランスというものを考えて欲しい。
もしかすると、ミミルのいた世界ではそこまで食事に気をつかうことがなかったのだろうか?
「その中も唐揚げだぞ?」
『ん、もんだい、ない』
「バランス良く栄養を摂らないと大きくなれないぞ?」
『――ッ!』
ミミルは一度
もちろん俺は避けてしまうのだが、おにぎりは昔話のように転がっていく。まだ開封していないので、セーフだ。
『なに、たべる、おおきい、なる?』
また俯くと、ミミルは念話で俺に尋ねる。
一二八歳とはいえ、やはりこの身長にはコンプレックスがあるんだろうな。
身長を伸ばすにはやはりカルシウムだろう。そしてビタミンDも共に摂取できるのがいい。特にミミルはアルビノだから太陽光を浴びてビタミンDを自己生成するのが難しいからな。
「これと……」
まず、鮭のおにぎりを手にとってみせる。
ビタミンDを豊富に含む食品を考えると、すぐに手が伸びていた。他にはマグロや鰹もいいし、キクラゲなどのキノコ類、鶏卵なんかもいい。
そして買ってきた惣菜の中でカルシウムとなると――。
「これだな」
残念なことに吸収効率が良い牛乳がない。ハムやチーズを挟んだサンドウィッチを手渡す。
惣菜という意味では先日買ってきていた「小松菜と油揚げの炊いたん」なんかもいい。
ただ、これではサンドウィッチとおにぎりを同時に勧めたように見えてしまう。サンドウィッチでビタミンDが摂れるものとなると……。
「よし、これとこれにしよう」
自分用に手に持っていたツナサンドと玉子サンド、それにハムチーズサンドを持ってミミルに手渡した。
ミミルは不思議そうに受け取ったサンドウィッチをしばらく見つめ、視線を俺に向ける。
『たべる、おおきい、なる?』
「ああ、大きくなる――と思うぞ」
ミミルの話だと、幼い頃にダンジョンに入ると成長が止まるという。
俺のように既に成長しきった状態だと、ダンジョンで暮らすことができるように最適化されるそうだ。
つまり、ミミルが今からカルシウムを摂取したところで身長が伸びたりしないかも知れないのだが――ここはミミルが暮らした世界とは異なる
必ずしも同じ結果になるとは限らない。
本音を言えば、ミミルにはもう少し大きく……できれば一八歳くらいには見える程度に成長してもらえると世間の目を気にしないで済むのでありがたい。だが、そんなに急激に大きくなることはないだろうな。
ミミルはムフッという声が聞こえてきそうな笑みを湧き上がらせ、サンドウィッチの包装を破いて齧り付いた。
そういえば、飲み物を持ってきてないな……。
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