第66話
地下室というのは冷たくてどこか
ぼんやりと光る壁や天井のせいで、その薄明かりに照らされたミミルの顔が目の前に浮かび上がる。
吐いた息がかかるほど近いからなのか……。
あまりの近さに、自宅のベッドの上で寝ていたような錯覚に陥るのだが、寝起きで回らない頭でも、声を出したりはしない。ミミルの可愛い寝顔を見ると、なんとなく起こすのも勿体ないのだ。
ダンジョン第二層の入口部屋の硬い地面の上で、俺は寝袋や布団もない状態まま眠ったことを思い出した。
若い頃にお泊りキャンプをしたことがあるのでわかるが、これは寝袋に入っていても結果は同じ。羽毛やら入った寝袋は寒さから俺を守ってくれるが、地面の硬さや凹凸から身体を守ってくれるほどの厚みはない。
服を着ていたとはいえ、硬く冷たい地面にずっと寝ていた俺は、筋肉やら関節やらまでカチコチに固まるほど冷えてしまっている。
つまり、目覚めたばかりの俺は身体のあちこちが悲鳴をあげている状態。
できるだけ音を立てないようそっと起き上がり、大きく息を吸って冷たさと硬さで固くなった身体の節々を伸ばすように背伸びをする。力が入るのでどうしても小さな――呻き声にも似た音が漏れてしまうのだが、小さく寝息を立てているミミルを起こすほどではないようだ。
そして、目覚めと共にやってくるのは尿意。
冷たい石の上で寝ていたのだから仕方がないと思うのだが、この入口部屋で済ますわけにもいかない。用を足しているところでミミルが目を覚ましたりしたら、何を言われるかわかったものじゃない。部屋を出て、外で済ませるべきだろう。
部屋の外に出るべく階段の下でその先を
雲ひとつ無い空、太陽のような恒星が空に低く浮かんでいる。その光を見たせいか、階段を上がっていくにつれて空気が暖かくなる気がする。
ダンジョン第一層とは違って石段の数が多い気がするが、最後の一段に近づくにつれて階段出口が少し高くなっていることがよくわかる。
「なるほど、石段の数も増えるわけだ……」
思わず感心して声が出る。
寝る前に上ったときは月明かりだけでぼんやりとしか見えなかった台の部分。そこは、切り出した石を組み上げて作られた建造物だ。まるで、作りかけのピラミッドのように上半分がない四角錐――つまり、何かの台のような形をしている。その中央に更に数段高く石が積み上げられ、俺が上ってきた階段がある。
階段の段数を考えると、小高い丘の頂上にできた階段の周囲をどこかから切り出した石で覆ったようにも見える。
階段から出て、段差を下りて歩いてみる。
足元の石は紙一枚も入る隙間もなく敷き詰められていて、その建築技術の高さを伺わせる。
数十メートルも歩けばすぐに台になっている部分の端に到着し、そこから石段を下りる。石段に使われている石はなかなか大きい。俺の胸元くらいまでの高さがあることを考えると、一二〇センチくらいはあるだろう。
この高さ……ミミルはどうやって上るんだ?
いや、俺はこれを登ってまた入口部屋まで戻れるのか?
心配になって、試しに登ってみるとそんなに苦労しない。
両手を掛けて、ジャンプすれば軽く段の上に足を掛けて上がることができる。これもダンジョン内で鍛えられた結果というものなのだろう。下りるのも飛び降りるだけ――といっても、俺の身長だと目線の高さと下の段まで三メートル近い落差があるのだが――で何の苦もなく草原に足を踏み入れた。
念の為、音波探知で周囲に魔物がいないことを確認すると、ズボンのボタンフライを開いて用を済ませる。
わざわざ下りてきたのは、この祭壇のような石造りの建物に
それにしても、何だかやりづらい……普段からトイレで済ませていると前に狙いを定める――ターゲットがあるのでやりやすいが、何も無いところに向かって致すとなるとなんだか落ち着かない。
なんとか用を済ませて、石段を登る。
これだけの大きさがある石を正確に切り分け、隙間なく並べるという芸当はなかなかできるものではない。この建物以外には草原しかない世界だから尚更強く感じてしまう。
「いったい、何の目的でこんな空間が……」
再度、石造りの祭壇のような台の上に立って振り返ると、そんな声がでてしまう。
ミミルの話を聞く限り、ミミルが暮らしていた異世界の住民たちも、この
このダンジョンを作った者が他にいるわけで、ダンジョンを作った何らかの目的があるはずだ。
誰が、何のために作ったのか……とても興味深い。
少しでもそれが解明できれば面白そうだ。
だが、ミミルは既にその答えを知っているのかも知れないな――。
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