第44話
買ってきた鍋を使ってお湯を沸かし、そこでガラスジャーを煮沸消毒する。そして、水切りをしたガラスジャーに水と砂糖、干しぶどうを入れて蓋をして放置する。
あとは毎日三回ほどガラスジャーを振って中身を
毎日の地道な作業だが、これがパンを美味しくしてくれるのだからサボるわけにはいかない。
三つのガラスジャーに仕込みが終わったところで、タイミングよくピザ窯業者も仕事を終えたようだ。
予定していたとおり、ドーム型のピザ窯の外観ができあがっている。実際にピザを焼くことができるようになるのは
その頃には店にテーブルと椅子が入り、エスプレッソマシーンにワインセラー、厨房の調理器具、皿やグラスなども搬入されているはずだ。
そのあとは調理場で働くメンバーとフロア係の教育、オープンに向けた仕込み作業等々、休む暇がなくなっていく。
◇◆◇
今度は特に呼び出しに行く必要もなく、ミミルがダンジョンからもどってきた。
どうやら、作っていたものも完成したようだ。
『しょーへい、これ、きる』
差し出してきたのは、ミミルお手製の装備品だ。
先ずは脚装備であるズボン。
普通にズボンだ。パッチポケットが尻に二つ。前はジーンズのようなスクープポケットがついている。ちゃんとボタンフライがついていて、男性としてはありがたいばかりだ。もちろん、ベルトループもついていて、丁寧にオリーブ色に染色されている。
形状などを考えると、かなりジーンズに近い印象を受けるが、もしかすると俺が普段ジーンズを履いているからかも知れない。
次に、上半身の装備。
これは典型的な白のチュニックだ。七分袖くらいの長さで、袖口を絞れるように交差させた紐が縫い付けられている。もちろん、襟周りも同じように紐を交差させて縫い付けてあり、前で結んで留めるようになっている。
そして、チュニックの上に着るためのジレが用意されていた。恐らく、ソウゲンオオカミの皮で作られたものだろう。前を柔らかい革紐で結び留めるように作られている。
最後にレザー製のリストバンドである。
手袋を用意していないのは、俺が電磁波を使うときに手を使うからだと思われる。
「今日はこれを作ってくれていたんだな、ありがとう!」
『きにいる、うれしい』
ミミルが花が咲いたような笑顔をみせる。
「あとで着るから……とりあえず、晩飯にしよう」
『ん、おなか、すいた』
こちらの時間で五時間近くダンジョンにいたのなら弁当だけで足りるわけがない。
食事はどうしていたんだろう?
「ミミルは、ずっと籠もってたのか?
食事とかどうしてたんだ?」
『しょくざい、ある。やく、たべる――といれ、もどる』
そもそもダンジョンの討伐をしてここに来たのだから、食材になるものは空間収納に格納しているんだろう。
中では時間停止するようだが、いまのままでは増える一方だし、整理するためには食べなきゃいけないって感じなんだろう。
『といれ、あらう、いい……』
どうやら洗浄機能付きの便座がお気に入りのようだ。
一度使い始めると、他のところでしたくないのもよくわかる。
「そうだよなぁ」
ミミルの言うことに同意するように頷きながら、俺は弁当とお惣菜をテーブルに広げた。
今日はコロッケやミンチカツなどの揚げ物と、たっぷりの野菜サラダも買ってきた。
もちろん、ミミルお気に入り――鶏の唐揚げも入っている。
飲食店を営むうえで、惣菜専門店の野菜サラダはとても勉強になる。特にドレッシングのバリエーションが多いのが魅力的だ。酢と油の組み合わせに刻んだ野菜や醤油、ナンプラー、練り胡麻のような調味料を上手く合わせていて、「こんなドレッシングがあるんだ」と思わず唸ってしまうこともある。
次に勉強になるのが、魚貝類や肉類と野菜の組み合わせがいろいろと考えられているところだ。
俺は乾いた音を立てて缶ビールのプルトップを開き、勢いよく飲み込んでコロッケを齧り、追いかけるようにビールを流し込んだ。
すると、うらめしそうな目でミミルが俺を睨みつける。
『しょーへい、さけ、ずるい』
俺ひとりが明らかにアルコールを口にしているのを見て、自分も飲みたくなったのだろう。
ミミルは、見た目はアレだが既に一二八歳なのだ。酒を飲むことを認めざるをえない。
「いまはビールしかないが、それでいいか?」
『ビール、なに?』
ミミルの世界にはビールはないのだろうか?
地球でも結構古い時代から……それこそ、メソポタミア文明の時代からあった酒のはずだ。
魔法によって科学文明が発展していなくても、ビールくらいはあると思っていたんだが……。
「麦芽とホップという草の雌花を使って発酵させた醸造酒……だな」
『いい。のむ』
ミミルの返事を聞いて、俺は一階の厨房まで追加の缶ビールを取りに行った。
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