ミミル視点 第43話(下)
十分な量の
この後は、しょーへいとの昼食前に行っていた紡績作業の続きだ。
問題は、ダンジョン第一九層の入口部屋なので、しょーへいが呼びに来てもわからないことだ。
これまでに経過した時間を計っていないので正確ではないが、感覚的にこちらの時間で三時間ほど経過しているだろう。
種取り作業を再開する前に、時間計測するための砂時計を空間収納から取り出す。
全ての砂が一方に集まっていることを確認し、砂が入っている方が上になるように設置する。この砂時計では約二〇分の時間計測が可能だ。
続いて、食事前に作業していた魔道具を空間収納から取り出し、種取り作業を再開する。
種取り機に乾いた棉花を投げ込むだけの作業はとても単調だが、食事前に済ませた棉花は結構な量の
この様子だと同時並行で次の工程を始めても良さそうだ。
棉花を綿糸にするまでの工程は大きく「種取り」と「綿打ち」、「糸紡ぎ」、「精錬」という四つの工程に分かれている。つまり、次は「綿打ち」の工程だ。
空間収納から「綿打ち機」を取り出す。これは二十年ほど前に私が発明した魔道具だ。土属性の魔石と、風属性の魔石を嵌め込み、魔力を流し入れると動き始める。
綿打ち機にある大きな穴に繰綿を入れると、土属性の魔石によって内蔵する軸が回って無数の弦を弾き、繰綿を叩いて解しながら綿よりも重いゴミを下に落していく。
もう一つの魔石は風属性の魔石。こちらは風を送って綿よりも軽いゴミを吹き飛ばす。
この作業も地味で時間がかかる。
「種取り」は採ってきた棉花の数の分だけやらねばならないし、この「綿打ち」も棉花の量で言えば同じだけの量が対象となる。ただ、繰綿は「種取り」の工程で押し固められるので
さて……この二つの作業はとても単調で退屈。種取り機の穴に棉花を放り込む作業と、できた繰綿を今度は綿打ち機に入れる作業。
正直、子どもでもできる作業なのだが――頼める子どもがいない。
単調な作業で退屈だが、ひとりでやるしかない。
その後の工程――「糸紡ぎ」は糸車を使って綿から糸を作る作業だ。
糸車の魔道具化は私が生まれる前から実現されている。「綿打ち」を済ませたあとの「打ち綿」から糸にしていく工程だ。フライヤーがボビンの周りを回転し、「打ち綿」から紡いだ繊維を撚りながら「つむ」に巻き取っていくものだ。これは魔道具に材料を入れれば自動でやってくれる。
最後の「精錬」は「糸紡ぎ」でできた撚糸に残った油脂分や蝋質、植物由来の不純物を取り除く作業。油脂分が残っていれば染料が弾かれてしまうため、非常に大切な工程である。また、仕上がった糸の肌触りにも影響する。
精錬に用いるのは貝殻を焼いて粉にしたものと、海草を焼いた灰。
それらを水に溶いて糸を煮沸する。幸いにもエルムヘイムは海が広いので、これらの素材は容易に入手できたものが残っている。だが、チキュウでも入手できる方法も確立しておく必要がありそうだ。
貝殻を焼いて粉にしたものを水に溶かしたものはツノウサギの皮やソウゲンオオカミの皮を
予定ではしょーへいの防具にも皮を使うつもりだ。当然、皮の準備も必要になってくる。
皮を鞣す工程は多数の工程がある。
まずは水戻し。水に漬け込んで汚れを落とす。
次は裏打ち。皮の裏側に残った肉や脂肪をこそげ落とす作業だ。
そこから二日間、貝殻を焼いた粉を溶いた水に漬け込む。この工程で皮の中にある成分を解して全体を柔らかくするとともに、残った毛や肉などを溶かしてしまう。
漬け込みが終わったら、残った肉や脂肪などを刃物を使ってこそげ落とし、再度焼いた貝殻の粉を溶いた水に漬ける――出来上がった革に柔軟性をもたせるためだ。
次に、付着した石灰を取り、酸に漬ける。酸に漬ける理由はなめし剤が染み込みやすくなるためだ。
こうしてようやく一回目の鞣し作業に入る。樹皮を煮て成分を抽出した水に漬けると、その汁の成分が皮の芯まで染み込んで強度が上がるのだ。
そしてまた脱水し、酸漬けして中和、再度鞣し作業を行う。そこから乾燥、染色、仕上げをしてようやく出来上がりだ。
こうして考えると皮は時間がかかる。更に、良い素材にしたければ薄い鞣し液から、濃い鞣し液に順次漬け込んでいくことになるので、一ヶ月程度かかってしまう。
となると、手持ちの素材で間に合わせることにしないといけない。
いま空間収納にある第一層の皮素材はほとんど残っていない。鞣していない粗皮ばかり……マスヴィンの頬革が少量ある程度だ。
第二層で獲れる魔物の素材ならいくつかある。いまのしょーへいには少々性能過剰だが、これで防具を作ってやることにしよう――。
【あとがき】
※ マスヴィン = カミツキネズミ のことです。
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