第32話

 ミミルは小川を飛び越えて、対岸へと渡る。わずか一メートル程度の川幅なのだが、ミミルは小さいからな。もちろん俺も飛び越えてみせる。跨ぐことはできるが、それが格好いいことでもないだろう。


 小川と陸地との接点は草が生えていないのだが、すぐにまた草原へと景色が変わる。


『ここ、ちがう、まもの』

「小川を越えたから魔物が違う?」


 説明内容を確認するために声に出して確認すると、ミミルは黙って頷く。

 ここまではオカクラゲ、スライム、ツノウサギの三種類。

 オカクラゲとスライムは余裕で倒せる相手だったが、ツノウサギはなかなかすばしっこいし、それなりに大きいので危険な魔物だったと思う。


「なにがいるんだ?」

『みる、わかる』


 百聞は一見にしかず――ですか。

 たしかにそのとおりだけど、ヒントくらいは欲しい。


『――たんち』


 ミミルも魔法が使えるみたいだし、探知魔法くらい使ってくれてもいいと思うのだが、何故か俺にすべて任せてくる。

 正直すこし面倒くさい。


「はいはい」


 俺は音波を飛ばして周辺の魔物検知を行う。

 この影は……あれだが、でかいな。


「アリがいる。この先に数匹、距離は四〇メートルくらい。数は……六匹だな」

『ありがとう。まりょく、とばす、ためす?』


 ミミルと同じ魔力を指先から飛ばす方法ね。

 やってみたいけど、まだ飛ばすことはできないと思う。それに、例え飛ばせても、効果は出ない気がする。

 ただ、電磁波の攻撃も厳しい距離だ。


 脳がどこにあるかわからないんだ。


 いや、頭の中にあるのはわかっている。だが、具体的に頭の中のどのあたりにあるかがわからないのだ。

 それに、アリのような昆虫には心臓がないはず。背中の血管全体が心臓みたいな役割を持っているはずだ。


 どこを狙うのがベストなのか……。


 それを考えながら、ミミルと共にそっとアリのいる場所へと近づいていく。


『ソウゲンアリ……かむ、さん。かむ、つよい。あたま、おとす、いい』

「わかった」


 あと約一〇メートルくらいだろう。

 やっぱでかい――八〇センチはあるんじゃないか?

 頭だけでハンドボール競技の三号球くらいのサイズがある。触覚を動かして何かを探しているように見える。


 これで働きアリなのか?

 だったら兵隊アリとかどんな大きさなんだろう……。


 虫が苦手な女子でなくても、あの目だとか、顎をガチガチと動かしているのを見てるだけで気持ち悪い。


 だが、あの大きさの頭全体を破壊するつもりなら、俺の電磁波でもなんとかなりそうだ。


 一番近くにいるアリに向かって、収束した電磁波を射出する。


「ギギギッ!ギッ!」


 距離があるので一瞬で倒すというわけにはいかないようだ。収束していても減衰は免れないってことなんだろうな。

 ツノウサギのときのように動いているわけではないので、離れていても当てることはできた。

 でもこいつら、心臓がないはずだがどうやって死亡判定されているんだろう?

 とにかく、ソウゲンアリは琥珀色の小さな魔石を一つ残して、すぐに霧散した。


 最後の断末魔の声を聞いたせいか、死ぬ直前にフェロモンを分泌したのかはわからないが、残りの五匹のアリが急に色めき立った。

 奴らにとっての敵がどこにいるのかまではまだ理解できていないようで、ただ仲間が消えたあたりをグルグルと回り始めている。


 困ったな……離れたところからだと攻撃できない。


 ナイフを使うにしても、あの首を落とすのはなかなか難しそうだ。長い足と触覚が邪魔だし、あの大きな顎で噛みつかれるとたいへんだ。買ったばかりのブーツも蟻酸で簡単に溶けてしまうだろう。


『どうした?』


 一匹目を倒したあと、動こうとしない俺を見てミミルが心配そうに見上げる。

 虫系が苦手と思ってくれたのだろうか?

 それとも、俺が躊躇している理由がわからないだけか?


「離れていて的が小さい。それに、発動時間もあって魔物が動き出すと当たりにくいんだ」

『うごき、とめる?』

「そうしてもらえるとありがたい」


 ツノウサギと同様に、指先から魔力を飛ばして動けなくしてくれるのだろうか?

 あの大きさのアリだと、外殻の硬さは相当だと思うんだが……。


「――ブロォ!」


 ミミルが何か呟くと、下から振り上げたミミルの手から目に見えない何かが射出される。

 それは低く飛び出し、途中にある草を刈リ飛ばすと、ソウゲンアリが動き回っているところに向かい、正確にソウゲンアリの関節に当たり、脚を切り飛ばしていく。


 ほんの一瞬の出来事だ。


『かぜ、まほう――』


 ミミルはたった一言、そう告げると止めを刺しに脚の無いアリがのたうち回っているところへと歩き出す。

 俺も慌てて後に続き、電磁波を使って止めを刺した。


 ソウゲンアリのドロップは甲殻。なかなかに硬く、厚みもあって軽い板状ものだ。


『きほん、ぼうぐ、そざい』


 恐らくダンジョン初心者が着るような防具の素材になると言っているのだろう。

 そういえば、俺の装備ってこのままだとやっぱりマズイよな……。

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