ミミル視点 第26話(上)
しょーへいに連れられて街を歩いているが、あちこちにジドウドアがある。魔道具というものはどれも高額なものなのだが、この世界では魔道具インフレでも発生しているのだろうか?
恐らくだが、ジドウシャというものも魔道具が中に入っていて、それで油を燃やして動いていると予想しているのだが、そうだとしてもこんなにも街にジドウシャがあると魔道具としての価値も下がってしまうと思うのだが……。
そして、またジドウドアを通って建物の中に入った。
エルムヘイムにある王城とほとんど変わらない高さの建物が当たり前のように並んでいるのを見ると、私の感覚も麻痺してしまいそうだ。
どうやらこの店は本屋のようだ。
だが、エルムヘイムの本屋とは規模が違う。そして何よりも……。
全く同じ本が山のように積まれている……。
こんなにたくさん、しかも同じ本をつくるとなると、どれだけの写本師を抱えているのだろうか。
それに、壁にはとても写実的に描かれた女の肖像画がある。単なる肖像画ではない、この世界の文字らしきものも多数書かれている。
この絵が等身大に描かれているとするなら巨人族――まさかな、ここに来るまでに見かけた女どもに巨人族はいなかった。わざと大きく描いたものなのだろう。
本の装丁を見ても、色がついている。
寸分違わず同じ色で同じ絵が描かれた同じ表紙の本がいくつも棚に並んでいるのだ。
これはもう、そのための魔道具があるとしか考えられない。
どのような魔道具なのだろうか……想像すらできない。
エルムヘイム中にある本の数など知れている。ダンジョンに書かれた物語などをすべて足しても大した量がないのだ。
しかしここにある本はとんでもない量だ。今もくるりと見回しただけで数千冊の本が並んでいるのがわかる。この店全体で、数万種類の本があることだろう。
文字に綴り、本にして後世に残す――本が持つそもそもの目的を考えれば、それだけの価値があるものがここに並んでいることになる。
エルムヘイムで大賢者と呼ばれるほど叡智を極めたと思っていたが、とんでもないことだった。私が学ぶべき場所はここだったのだ。
だが、ここにきて私は気がついたのだ。
大きな問題が私の前に立ちはだかっていることを……。
――私はこの世界の文字が読めない。
そう、愛する「本」が目の前に、大量にあるというのに一切読めないのだ。
一切読むことができない本に囲まれて何が楽しいというのか。
ああ……読みたいのに読めない……それが悔しい。
一二八年も生きてきて、いまほど悔しい思いをしたことがない。
妖怪ゆさゆさに感じた悔しさなど、忘れ去る――ことはないが、あの悔しさなど大海の一滴に過ぎん。
そんな気も知らず、しょーへいは先へ、先へと進んでいく。
一応、右手でしょーへいの手を掴んでいるから逸れることはないが、なんだか気恥ずかしい。
「――ッ!」
な、なんだこれは……階段が動いているではないか。
「こ、これはいったい……」
数十メートルはある長さの魔道具だ。こんなもの、見たことも聞いたこともない。
それに、何人もの人が載って動いている。
しょーへいがくいくいと手を引いているのはわかる。目的の本がある場所に行きたいのだろう。だが、ここは吹き抜けになっているようで、この魔道具がいくつもある。
たくさんの本に囲まれ、動く階段がある吹き抜けの場所……まるで夢のような場所なのだ。もう少しこの光景を見させてほしい――。
◇◆◇
しょーへいに連れられてきた場所には、ズカンというものが売られていた。
この世界のありとあらゆるものを絵に写し、説明を加えたものだそうだ。
これがあれば私が知りたいこと――センタクキやジドウドアなどの事も詳しく、そして正しく書かれているらしい。
たしかに色々なものが氾濫していると、何もかもを知識として吸収するのは無理がある。しょーへいのように料理人であれば、特に料理に関しての知識が必要だが、魔道具づくりの知識まで網羅的に覚える必要はない。
それはエルムヘイムでも同じだ。
他にもエホンというものを買ってくれた。
この世界の子どもたちが文字と言葉を覚えるために使うものだそうだ。
このエホンを私が得ることで一歩進んだということだ。
ただ、これは絵を誰かと一緒に見ながら、読み聞かせてもらう本らしい。
エルムヘイムにはそんな本――挿絵が入った、子ども向けの本などない。どのようにして読み聞かせるのだろう。
「読み聞かせとは具体的にどのようにするんだ?」
『ひざ、うえ、すわる。いっしょ、よむ』
「な、なんだと!?」
私を膝の上に乗せて、一緒に絵を見ながら読んでくれるということだろう?
それは、この世界の子どもに対してやることで、わたしも同じである必要があるのか?
わ、私がしょーへいの膝の上に……の、乗る?
ま、まあ……最初はしかたないな――。
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