第14話
『まるい、スライム?』
「名前まではわからないなぁ」
『ちかく、いく……』
ミミルは俺の手を引いて、まるい生き物がいる場所へと向かう。
俺も別に腰が引けたりしているわけじゃないから、引きずられているわけではない。
でも、見た目はこんな小さな女の子に手を引かれて歩くというのは少し恥ずかしいような気もしてくる。
『オカクラゲ……』
彼女が指さした先には、ポヨンポヨンと跳ね回るクラゲのような生物がいた。
海のクラゲとの違いは触手が見当たらないことだろうか。
目玉や口のようなものは見当たらない。
大きさは直径三〇センチほどの丸い形――いや、大きな丸餅だな。
そうやって考えると、結構な大きさだ。
「これも魔物なのか?」
『まもの……かく、ねらう。ひ、よわい』
ポヨンポヨンと跳ねているのだが、敵意がないのか襲ってくる様子がない。
クラゲは視覚や嗅覚がなく、触手に触れたものを痺れさせて動けなくしてから、口に運ぶという。
もし、オカクラゲも似た生態を持っているとしたら、触れるとやばいのかもしれない。
「攻撃してくるのか?」
『ふれる、しびれる。たいえき、とばす……とける』
念の為にミミルに確認すると、やはり触れると攻撃してくるようだ。体液は酸性なのだろう。
核をナイフでひと突きすれば済むのかも知れないが、核は体内で浮遊している。
ナイフを突き立てたところで、刃先で上手く捉えることができないかも知れない。
割った卵に殻が入った時、殻を取り出すのに苦労する。それに似た感じになりそうだ。
それに、勢い余って深く刺し過ぎれば、右手を酸性の体液の中に突っ込むような形になる。とても危険だ。
「もう少し長い武器はないかな?」
『ない……』
指から衝撃波がでる攻撃をしないところをみると、彼女はオカクラゲに攻撃する気はないようだ。
まぁ、このダンジョンの管理者権限を持つほどだから、オカクラゲなんて雑魚すぎて手にかけるほどもないという感じなのかも知れない。
いや、俺ひとりでなんとかできるレベルの雑魚だから様子を見ているのだろう。
「そうか……」
左手をミミルに握られたままなので、右手で顎を擦って考える。
音波を使って破壊するにも、音波は空気の中では減衰しやすい。とても非効率だ。
波操作という意味では指向性と収束性を持った音波も使えるのだろうが、こいつの核がもつ固有振動数を見つけて共振を発生させても、恐らく体内でプルプルと震えるだけで破壊できないだろう。
では、電磁波はどうだろう。
波操作の加護があるなら、電磁波も使えるはずだ。もちろん、指向性と収束性も持たせることができるだろう。
電子レンジで液体を加熱するイメージでいけば、オカクラゲの体液を膨張させて破裂させられたりするかも知れない。だが、直径三〇センチの丸餅くらいの大きさがあるんだ。沸騰するまで加熱するとなると、どれだけのエネルギーを消費するか想像もできない。
いや、まてよ……。
俺は右手を掲げ、数メートル先にいるオカクラゲの核に向けて突き出し、その手の先から収束された電磁波が発射されるイメージをする。
たしか、無線LANを使っている環境で電子レンジを使うと無線LANが使えなくなるとか聞いたことがある。周波数帯が同じだから混線するらしい。
でも、無線LANの周波数って……まあいいや、とりあえず五ギガヘルツくらいでやってみよう。出力は業務用で一五〇〇ワットくらいだったな。
収束させようとしたからか、俺の右手に先ほど取り込んだ魔素なのかはわからないが、腕の先から何かが抜け出るような感覚が襲う。
なんというか、ゾワリとするような感覚だ。
それと同時に、右手の先にいたオカクラゲの核が黒く変色した。
温度が上がり、核を構成する組織が変質してしまったのだろう。
しばらくはポヨンポヨンと跳ねていたが、最後は地面にポトリと落ちて、魔石を残して霧散した。
反射で跳ねているからすぐには止まらないんだな。
魔石の色は水色だ。さっきの〝ウサギのようななにか〟のときは琥珀色だった。
『いま、なに?』
ミミルがとても驚いたような顔で俺を見ている。
初めて接したオカクラゲを触れることなく倒したんだから驚くのは無理もないことなのかも知れない。いや、ラノベで一般的な火魔法で焼いたとか、氷魔法で貫いただとかいうのであれば驚かなかったかも知れないな。
だとすると、俺のやり方は異常だってことなのだろう。
「えっとだな……チンしたんだ」
とりあえずの返事として、答えておいた。
当然、ミミルは眉を八の字にし、困ったことを全力でアピールしながら、また尋ねる。
『チン、なに?』
予想どおりの反応だ。
だが、俺にも詳細な原理の説明は無理だ。
……敢えて言うなら。
「電子レンジという調理器具がある。その原理を使っただけだ」
『それ、なに?』
「だから、料理器具だって。明日には届くから、使ってみせるよ」
『やくそく……』
ミミルは細くて短い小指を立て、手首を何度も捻ってみせた。
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