第10話


 ミミルがいた世界には二つの大国がある。

 一つは彼女と同じ、耳がとがった人たちが暮らす国。


 大きさや、太陽に該当する恒星こうせいまでの距離は地球と似ているが、大きく違うのが陸地の面積。

 星全体の一割に満たない陸地で、多くの人口を育むのはとても難しい。

 わかりやすいのは食料。

 人口が増えれば食料の需要が増えるが、耕作こうさく可能な土地には限りがある。


 そこでダンジョンの資源を活用するようになったのだが、食糧問題や資源をダンジョンに頼るようになると今度は人口が増え、住む場所が必要になってくる。だが、陸地面積が小さいため、住居を建てる場所を確保するにも限度がある。

 已むを得ずダンジョンの出口を他の宇宙にある星に繋ぐことで、移民することが検討された。


 数千年前、ダンジョンを接続した移民候補地の調査に降り立った彼女の先祖たちは、自分たちによく似た知的生命体がいることを知る。

 彼女の先祖たちは先住民と共存するかどうかを検討するが、その地は魔素が異常に薄かった。また、先住民は自分たちよりも繁殖力はんしょくりょくが強いことを知り、その地への移住をあきらめたのである。


 そのときに強引についてきた先住民。

 それが、もう一つの国を作った。


 その種族は、ダンジョンの機能を使って他の宇宙にある星に出口を作り、手当たり次第に侵略攻撃をかけているらしい。

 人口が増えて、食料や住む場所が不足しているのだから仕方がないのかも知れないが、そのターゲットが地球に向くというのは決していい話ではない。


 そこで、彼女の国では、侵略を続ける隣国の未踏破みとうはダンジョンを秘密裏ひみつりつぶすことにしたらしい。

 その方法は、数人でパーティを組んでダンジョンを踏破とうはし、管理者権限を得て、出口を深海に移動するというものだ。深海の底に出口をつくり固定すれば、その水圧に耐えられる者はおらず、誰も使用できなくなる。


 そうして、今日も新たなダンジョンを踏破し、ミミルが管理者となった。

 だが、何かの手違いでダンジョン出口が深海の底ではなく、俺の店の庭に繋がってしまったという。



『けいい、おわり。あな、ごめんなさい』


 ひととおりの説明を終えて、ミミルはまた俺に向かって謝罪の言葉を述べた。

 食事を終えてからゆっくりと彼女の話を聞いていたが、いま作った話にしてはよくできていた。

 となると、彼女の言葉を信じるか信じないか……それは、実際にダンジョンというのを見てみるのが手っ取り早い。

 百聞ひゃくぶん一見いっけんかずである。


『あと……』

「じゃ、そのダンジョンを見せてくれるか?」


 ミミルがまた何かを話そうとしたが、俺の言葉が被ってしまった。

 彼女はまだ何か言いたそうだが、まだ信じてもらえていないことを理解したのか、こくりと頷いた。


『わかった……

 ふろ、まえ、ダンジョン……いりぐち、でぐち、とうごう』


 彼女は俺の頭に語りかけながら立ち上がる。

 風呂に入る前に穴に飛び込んだのは、入口と出口を統合するためだったのか。


「ちょっとまて……入口と出口を統合したってことは、お前は帰れないってことじゃないのか?」

『ん――』


 その声は肯定こうていなのか、それとも否定なのかわからない。

 だが、振り向いた彼女の表情は、唐揚げを頬張ほおばったときの幸せな顔とは真逆……寂しさと哀しさをたたえたような顔をしていた。


 二階の自室を出て、ふたりで通り庭を歩く。

 俺の家だというのに、先導しているのはミミルの方だ。


『いりぐち、ちがう……しんりゃく』


 彼女の言葉が頭に響く。

 そうだ、彼女がいた世界に入口を残せば、見張りでも立てない限り、地球が異世界から侵略を受けることになる。

 だが、この庭に繋がったダンジョンは元々、異世界の――彼女がいた国ではない、侵略国家の領域にある。そこに見張りを置こうものなら、異世界で二国間戦争になってもおかしくはない。

 彼女は入口も地球側に移動することで、異世界から地球を守ろうとしてくれたのだ。

 だがそれは、家族や友人、仲間との永遠の別れを意味している……。


『わたし、しめい……』


 それが彼女に与えられた使命だということだろう。

 俺には掛けるべき言葉が思い浮かばない。


 ガチャリと裏口の扉を開き、二人で庭にできた穴を見る。


「中は深いのか?」

『さいしょ、へや……ここ、まつ』


 そう頭の中で声がすると、彼女はひらりと穴の中に飛び降りた。


 言われたとおり待っていると、地鳴じなりのような音が穴から聞こえ、小刻みに足元に振動が伝わってくる。

 お隣まで響いていなければいいが、特に店の縁側えんがわにあるガラス戸などが揺れているわけではない。本当に局地的なものなのだろう。


 そして、見る間に穴の周囲が四角く削られると、石造りの階段が現れた。


 先ほどまで丸かった穴が、大人が二人くらいは出入リできるほどの大きさに変わっている。


 呆気あっけにとられていると、ミミルが階段を上がってやってきた。


『しあげ、かんりょう』


 脳裏のうりに響くその声は、語尾に音符マークでもついているかのようにたのしげだった。

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