誘拐

78 な~に?隠し撮り?

 伏見稲荷駅ふしみいなりえきを降りると、すぐ目の前が伏見稲荷大社になっていた。すでに多くの観光客で賑わっている鳥居をくぐり朱色の楼門ろうもんに向かう。

 本殿を抜けて奥宮おくみやの所に行くと、有名な千本鳥居せんぼんとりいの入り口が見えてきた。前の人に続いてゆっくりと連なる鳥居の下を歩いた。

 ごった返す観光客に揉まれながら、前の人と間隔を空けないように注意し、どこまでも赤い鳥居の中を歩く。時々、ミシェルと離れてしまうが、彼女は目立つのですぐに見つけられた。


 2本鳥居の右側を通り、奥社拝殿所おくしゃはいでんしょから更に奥の参道を歩く。鳥居の切れ間から見える景色が澄んだ緑林が広がってきて、ほぼ山道に近くなってきた。

 連綿れんめんと続く鳥居と階段を上がっていくと、熊鷹社くまたかしゃから見えた景色は町が遠くなっていた。知らない間に山登りをしていたらしい。


 四つつじまで登り、案内板で道筋を確かめる。三ノ峰までは登ってみようということになり、更にハイキングを続ける。照りつける太陽が汗を吹き出させ、のどかわいてきた。ミシェルは汗ひとつなくすずしい顔で亘を励ます。どうやら同種には暑さも関係ないみたいだ。


 この辺になると人影は疎らになり。澄んだ空気と風のそよぐ音がとても心地よかった。列なる朱色の鳥居が木漏れ日型に照らされ、歩いていくと何処か別の世界に行けそうな気さえしてくる。神秘的な雰囲気にうっとりしながら上っていくと、三ノさんのみねまでたどり着く。


 口から水を流す白狐びゃっこの像の所で、手を洗って身体を冷やし、ほこらに手を合わせて参拝した。振り返った所にある社務所の前で、並べられた札や御守りなどを手に取り物色していた。


「学業の御守りなんか買っていく?亘、来年受験だし」


「そうだな。じゃあ、ミシェルは商売繁盛とか」


「え~やだ~。これ以上お客が増えたら、私一人じゃ回せなくなる」


やる気のない店主だと呆れながら、御守りを手にしたミシェルを見てふと、疑問に思う。


「そういえば、今更なんだけどミシェル達ってお札とかって平気なのか?」


「どういうこと?」


「ほら、吸血鬼は十字架が苦手とか、鬼は札で退治できるとかあるだろ?ミシェル達はそういうのないの?」


「あっはは!そんなの人間達が作り出した空想よ。私達は確かに人じゃないし、吸血鬼とも鬼とも呼ばれてるけど、邪神的なものでも偶像的なものでもないの。神仏をおそれたり、神具や呪物を嫌ったりすることはないよ」


 亘にとってはミシェルも十分非現実的なものなのだが、漫画やドラマのような弱点的な付加要素は同種にはないらしい。


「第一、そんな短所があるならそもそも鳥居の中に入ってこれないよ。あれは結界の役割をしてるからね」


「ああ、そうか」


「初詣で神社に行くことも出来るし、教会でミサに参加することもできる。フランスでは、地位の高い同種はみんな教会に巣くっていたそうよ」


「ふーん」


「そうそう!私、昔牧師と寝たことあったな~ロザリオ着けたまんまで笑っちゃいそうになっちゃった」


「そーゆーのは聞きたくない!」


 大っぴらに自分の性体験を話すミシェルに亘は少し声を荒げた。誰かに聞かれてないかと不安に思ったが、人気は全くなかった。




 御守りを二つ買い下山しようとしたところ、参道とは別の道から下りてきた外国人達がこちらに必死に何かを訴えかけてきた。亘は何を話してるのか分からずポカンとしていると、ミシェルが来た道を指差し同じ言語で答える。彼らはお礼を言って去っていった。


「なんて言ってたんだ?」


「下りたいけど、道がわからなくなったんだって。変な道に入っちゃって困ってたみたい」


 頂上の一つ峰までは一本道で四つ辻からぐるっと一周する形になっている。四つ辻に戻るには来た道を戻るか、一回りするしかないのだった。


「本当に何語でも話せんのな」


「まーね、今のはスペイン語かな?」


 参道を下りて亘はトイレに入った。出てきて待ち合わせた「稲荷茶寮いなりちゃりょう」へ行くと、八島ヶ池を眺めるミシェルを見つける。後ろから近付こうとして足を止めた。


 京都に来てから伏見稲荷大社で初めて写真を撮ったし、ミシェルは亘の写真や二人で写した写真も撮っていたが、亘がミシェルを撮らえた写真は1枚もなかった。いい機会だからミシェルを写してみようと、静かに近付いて離れた場所で止まる。


 あまり近付くとミシェルに気付かれるので、カメラをズームさせて呼び掛けてみる。ただカメラを向けただけじゃミシェルは絶対キメ顔をするに決まってる。振り向き様の抜けた表情を撮ってやろうと思った。


「ミシェル!」


 呼ばれてミシェルは振り向いた。その瞬間をカメラで押さえたが、その仕上がりがどーもしっくりこない。確かに気の抜けた表情ではあるが、それが逆に自然な顔つきでどこかあどけなさもあった。美女はどんな瞬間に撮っても美女なのだ。


「な~に?隠し撮り?そんなことしなくても、私の写真ならいくらでも撮っていいのに」


「別に、もういい。昼めし食おーぜ」


 不機嫌になる亘にミシェルは首を傾げつつ、二人は待ち合わせてたカフェで昼食を取った。




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