69 なげぇよ

 学校から帰って来てリビングに行くと、ミシェルがテレビを見ていた。自分がいる気配は感じてるだろうに、こちらに目を向けることはなかった。


「ただいま」


「ああ、帰ったの」


 素っ気なく返事をするミシェル。予想はしてたが、『おかえり』の言葉もなかった。

 部屋で着替えて買ってきた夕食を一人で食べる。ミシェルが見ている法廷ドラマを横目で見ながら食事を終える。片付けと入浴を済ませて部屋に戻ろうとすると、ミシェルが呼び止める。


「お腹が空いたわ」


「え?……ああ、『血』か」


 同種にとっての栄養源は『人間』だ。血液を与えるか、生気を吸わせるかのどちらかをしなければならない。


「血液ならそこの金庫に入ってるけど、番号がな……シヴァさんに聞いてみるよ」


「何いってるの?ぼうやがいるじゃない」


「あ~そうか…」


 亘は単純な結論に納得し、手を差し出した。だが、ミシェルが手首を掴んで顔を近付けて来たので、驚いて突き飛ばした。


 彼女は亘にキスをしようとしていたのだった。


「俺とおまえは親子だ!そういう関係じゃない!」


「それって君を囲っておくためのカモフラージュでしょ?本当に何もしてないの?一緒に暮らしているのに」


「ないよ!」


「う~ん、今の私は楽しみを後に取っといてるのかな?ぼうやを理想の男に育ててから、たべるつもりとか?」


 ミシェルの発言にぞっとする。

 今のミシェルにそんな下心はないと信じているが、昔のミシェルはそういう発想しか浮かばないのだ。どこまでも『欲』に忠実な姿勢に不快感を感じる。


 その後、しばらく言い合いをしたが、結局亘が折れる形になった。非常時だし今だけ我慢すればいいと思い、心を無にしてミシェルと唇を重ねた。


 口の中に舌を入れられ、ぬるぬるとわせてくる。クチュクチュと唾液だえきの音が聞こえて、顔が火照るくらい恥ずかしくなった。


 早く終わって欲しいのだが、なかなか生気を吸いとらないので、20秒もキスを交わしてした。ようやく生気を吸われたので急いで口を離す。


「なげぇよ…」


 口許を拭きながら俯く亘。必死で平常心を取り戻そうとしていると、ミシェルが耳元で囁いた。


「興奮しちゃった?続きする?」


「ふざけんな!もう、寝る!」


 怒鳴りながら亘は自分の部屋に戻る。めんどくさい子供だと思いながら、ミシェルも床についた。








 起きるとまだこの狭い部屋で朝を迎えた。すでに5日も気味の悪い夢を見続けている。


 日本という異国の地。

 息子だと名乗る少年。

 センスのない服に身を包む自分。

 どれもこれも居心地が悪く、早く現実に戻れないかと憂鬱ゆううつになる。


 『ワタル』が学校へ行き一人の時間はやって来た。最初は未来の家電や機器に食い付いたが、それも3日で飽きてきた。

 『ワタル』と『シヴァ』から家の外には出ないようにと言い付けられていたが、じっとしてるのは性に合わなかった。


 『スマホ』と呼ばれる便利な機械でファミリーがどうなっているのか調べてみた。

 1980年代にFBI によりほとんどが解体されており、今は組織自体存在していない。当時の幹部の名前を検索してみたがヒットしなかった。


 『レーナ』の話では自分はマフィアを抜けてきたというが、その理由は不明らしい。飽きたらすぐ抜けられるという生温い社会ではないので、『離反』したきっかけが何かしらあったはずだ。


 ミシェルは自分の部屋をしらみ潰しに探った。3日で所持品は全て確認したが、今回は箪笥たんすの裏や引き出しの奥など、普段は見ない場所を探すことにした。通帳や身分証に特に問題はなく、今度はリビングを探したが何もない。


 一階に下りて店内も見たが、特に不審なものはなかった。厨房の奥の保管室に入った時、床に扉があるのが気になった。

 地下室でもあるのかと開けてみたが、小さめの納戸があった。奥にある二つのケースが気になりそれを取り出した。


 一つはダイヤル式の鍵がかかっており開けられなかったが、もう一つのアタッシュケースは簡単に開いた。中にあった白い袋の中身を見てミシェルは驚く。


「これって…宝石?」


 緩衝材に入っていた数個のダイヤモンド。それが数袋あり、 カラットはあるサファイアも入っていた。


 今の自分の生活ぶりからさほど稼いでなさそうだし、貢いでくれるパトロンもいない。アクセサリーではなく、バラの宝石を保管していることにあれこれ思考を巡らせた。


 ふと、内ポケットに入っていた紙片が気になった。手に取ってみると、自分宛の手紙だとわかり、その筆跡を見て驚愕きょうがくする。



 それは、『ユリー』の筆跡。

 『自分』と繋がるものがようやく見つかった。




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