33 彼も死のうとしてた

「その後、日本にやって来たの。

1970年、経済も安定してたし、あの頃の日本は活気づいてたな。誘えば誰でも付いてきたし、そのまま住まわしてくれる人も多かった。

けど、みんなその場限りの関係だったし、この国の同種とも上手くいかなかったな。ある時、揉め事を起こしてそれが問題になっちゃってね。都心から追放されてこっちに来たわけ」


 当時、異国から来る同種も少なくなく彼等との縄張り争いが問題になっていた。そのためミシェル達外国から来た同種は別の場所に集めれたのだった。

 それがこの店の前身ぜんしんだ。


「その後、バブルが崩壊して景気が徐々に悪くなってね。付き合いも悪くなっちゃって、喰っていくのも大変だったな」


 1991年の地価ちかの下落にたんを発した景気の低迷ていめい。銀行は負債ふさいを抱え・企業の倒産や人員削減による失業など、社会の悪循環は同種達にも影響した。


「だから、私は餌さ場を変えた。生きてる人じゃなく死にたがってる人が集まる場所に行った」


「それって」


樹海じゅかいよ。死ぬために森を彷徨さまよっている人や死んだ人間を狙ったの。月一で行っても高確率で人に会えた。勿論、無理矢理命を奪ったりはしてないよ。


そして、その中にあの人もいた」


「だれ?」


「……わたる


 ミシェルは一呼吸置いてから名を告げる。自分と同じ名前の人物。


「彼も死のうとしてたの。

死に場所を求めて彷徨っていたら、偶然食事してる私と会っちゃったんだよ。“何してるんだ”って聞いてきたから、"悪魔だから命を奪ってるの"って答えた。」


 うつろな目でミシェルを見つめていた渉。ミシェルの足下には死体が転がっていたのだが、驚きも騒ぎもせず鈍い反応を示す。


「それから、少し話をしたわ。

どうやら仕事で首切りにあった上に奥さんとも別れちゃったみたい。おまけに子供の親権も奥さんと浮気相手の男に取られてさ。何もかも失って生きることがどうでもよくなたって言ってた。だから樹海に来たんだって。

でも、私には渉が本気で死ぬつもりがないってすぐにわかった」


「どうして?」


「彼は私のことを訊ねてきたからよ。何者なんだとか、いつもこんなことしてるのかって。本当に追い込まれた人はね、他人に興味なんかもたない。自分のことだけしか見えてないから。

だから、私は彼に家に帰るように言って少しだけ生気を吸った」


 気絶した渉を放置してミシェルは森を去った。その後、彼がどうなったかは気にしなかった。


「ただ森の中で会った人。

最初はそんな印象しかなかった。でも、その後すぐに再会した。私が勤めていた会社に彼が再就職してきたんだよ」


 渉はミシェルを見て驚いた。

 森での出来事は夢か幻だと思っていたからだ。ミシェルはちゃんと家に帰れたんだと思っただけだった。




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