18 私と一緒に暮らさない?

「な、なんで卓人のこと、知ってるんだ」


「今日、施設に行ったって言ったでしょ。一人だけスーツ着てたからすぐ見分けがついた。就活中なんだってね。亘とは同室で兄弟みたいに仲が良いってことも職員の男性に聞いたよ」


「どうして、俺が卓人を庇ってるって思うんだ?」


「だって彼なんでしょ?君を刺したのは」


 ズバリと言い当てられて目の前が歪みそうだった。

 この女は一体何を知っているのだろう?


「なんで、そうなる?」


「理由は二つ。あの夜起きてきた子供たちの中で彼だけ表情が違かった。みんな心配か好奇心こうきしんでこちらを見てるのに、彼は真っ青な顔をしてた。一目でわかったよ。こいつがやったんだって。

そして、亘が当夜のことを黙秘するのは、それが顔見知りの犯行だからだよね。知らない人間ならさっさと事実を話すでしょ」


 ミシェルは立ち上がりベットをぐるりと回って窓際へ歩いて行った。


「さらに面白いことを一つ聞いた。一ヶ月前から施設に保管してあるお金が盗まれていたことがわかったそうだね。それを踏まえて一つ聞くけど、あの夜、亘はどうして職員室に行ったの?」


 釈迦しゃかの説法を聞くように亘はただミシェルの話を聞いた。ミシェルも亘の返事を待たずに話続ける。


「亘は犯人に心当たりがあったんじゃない?だから、その正体を確かめるために深夜まで起きて、金庫の前にいたタクトくんと口論になり、鋭利な物で刺された。違う?」


 ミシェルは振り返り答えを求める。たった一日で情報を集め犯人と当時の状況を言い当てた彼女は、一体何者だ?


「ねぇ、亘。沈黙は確かに有効だけど、こんな風に問い詰められたら逆に黙秘することが君の首を絞めちゃうよ?」


 俯いた亘の顔を覗き込むミシェル。もはや黙っても無意味なことは分かっていたのだが、認めることもできない。

 ミシェルは亘のあごに手を当てて自分に視線を向けさせる。


「亘、私が力になってあげようか?」


「………」


「私の言う通りに証言してくれれば、あれは事故ってことにすることができるよ」


「……どうやって?」


 かたくなに閉じていた口を開いて亘はミシェルの話に食いついた。


「まず、二人が職員室にいた理由。亘は偶然、金庫の盗難の話を聞いてタクトくんと"二人"で夜中に職員室で張り込んだ。けど、なかなか犯人が来ないのでその日は戻ることにした。

次に負傷した経緯。戻る際に亘はタクトくんと口喧嘩になり、彼は護身用に持っていた鋭利な物で"誤って"亘の腹を刺してしまう。

怖くなったタクトくんは刃物を抜いて逃げてしまい、その後、待ち合わせしていた私が倒れていた亘を発見したっていう流れでいいんじゃない?」


「それで本当に誤魔化せるのか?」


「まぁ~、疑われるとは思うけど、そこは突き通すしかないんじゃない。これなら殺人未遂ではなく、過失になると思うよ」


 亘はミシェルをじっと見つめる。警察関係者でも何でもない彼女の言うことを信じていいのかわからなくなる。


「嘘を吐く必要はない。少し言い方を変えただけだって思いなよ。ああ、私の不法侵入も出来れば、亘が入れてくれたってことにしといてね」


 ちゃっかり自分の罪状も隠蔽いんぺいしようとしているミシェル。亘は重いため息を吐いて不安を表す。


「そんなに不安なら、一係の知り合いの刑事さんに取り成してあげてもいいよ。でも一つ条件があるけどね」


「条件?」


 ミシェルはベットに座って亘と同じ目の高さに合わせた。

  

「亘、私と一緒に暮らさない?養子になってほしいの」


「養子?」


 ミシェルは満面の笑みを浮かべる。無邪気な子供のように。


「うん、前から考えてたんだ。いずれ君をあそこから連れ出してあげようって。それにこれは亘にとってもいい事だと思うよ」


「………?」


「だって、亘。怪我が治ったらどうするの?施設に戻ってタクトくんと同じ部屋で過ごせるの?」


 言われてはっとなる。

 昨夜の事で頭がいっぱいで今後のことなんて考えてなかった。


「もし、亘とタクトくんが口裏を合わせて昨夜の件を事故と処理させても、タクトくんは亘に恐怖を感じる。

いずれ本当の事をばらされるんじゃないか、脅されるんじゃないかと疑心暗鬼ぎしんあんきになる。揺すられる前に、亘をどうにかした方がいいんじゃないかとも考えるかもね」


「卓人は、そんなこと…」


 "しない"と言いかけて止めた。彼が本気で自分を傷付けるはずないと思って死にかけたばかりだったからだ。亘の中での卓人への信頼は地に落ちていた。


「私の養子になれば彼と顔を会わせずに逃げることが出来るよ。ただし、この場でその返答を貰いたいな。ぐずぐずしてたら警察に気づかれるからね」


 亘はしばらく考えていた。

 施設の生活は快適とはいかないが、それほど悪いものではない。ミシェルが自分を養護してくれるのは嬉しいが、会って一ヶ月足らずの女性と親子になるのには抵抗がある。


「そんな、すぐには、決められない」


「そう。じゃあ、可哀想かわいそうだけど、タクトくんには捕まってもらうしかないね」


「えっ?どうして!?」


 驚いて見上げたミシェルの瞳は氷のように冷たかった。


「当然でしょ?

亘かタクトくん、どちらかが施設を出ていかなければ亘の安全は確保できない。亘が出ていかないんじゃ、タクトくんを追い出すしかないじゃない」


 ミシェルは亘を突き放すように扉の方へ歩いていく。


「事故にできなければ、彼は窃盗せっとう殺人未遂さつじんみすい。もし殺意があったと認められれば、もっと重い罪になる。そうなれば、タクトくんの将来は閉ざされたも同然だね」


「待ってっ!お願い!まっ…つぅ…」


 ミシェルを呼び止めようと手を伸ばして上半身を起こす。すると、腹部に痛みがぶり返し、すぐに押さえた。ミシェルは足を戻し亘の体を支えた。


「ダメだよ、急に動いたら。傷が開いちゃうよ」


「お願い!言うことを聞くから、卓人を助けて!」


 ミシェルの腕を掴みすがり付く亘。ミシェルは微笑みながら亘の体をベットに戻す。


「わかった。明日、私がタクトくんにも同じ説明をしてくる。でもね、亘。これは決して良い方法じゃないんだよ。ここで彼を許してしまったら彼は一生、罪をつぐなう機会を失ってしまう。

何にもさばかれないというのは何にもゆるしてもられないのと同じこと。

タクトくんはずっと、その十字架を背負っていかなければならないんだよ」


 ミシェルの言葉は重く、それが浅薄せんぱくな説法じゃないとわかる。亘自身も卓人のしたことを許せる訳じゃないが、逮捕されたら本当に卓人に先はない。


「お願い、卓人を助けて。これ以上、あいつを不幸にしたくないんだ」


 亘の目から自然と涙が流れた。

 憐れみでも同情でもなく、自分のことのように胸が苦しかった。未だに彼を自分の分身だと思っているからだ。

 ミシェルは亘の頬に手を当て涙をぬぐう。


「できる限りのことはしてみるよ。でも、絶対の保証はできないことは了承してほしい」


 ミシェルは昨夜の流れをもう一度確認してから、静かに病室を出ていった。

 張り詰めていた神経をほどくと、疲れと共に睡魔が忍び寄りすぐに眠りについた。



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