第27話 気づいたこと
「そんな感じで後半も瀬良中心にやっていこう。じゃあみんな肩組んで」
怪我してるはずの神崎が、弁慶顔負けの仁王立ちで後半の作戦を伝え終えると、みんなが肩を組み始めた。
「優勝して焼肉いくぞ!」
「「おおーーー!!!」」
前半のそれとは違い、声量も一体感も格段と上がった。
これ以上にないほど高まった士気を纏った八人がピッチへ向かう。
「瀬良、まだいけるよな?」
神崎が期待と懸念の入り混じった表情で俺を見る。
「なんだ、やりたくなったか?」
「大丈夫そうだな」
「ここまで来たからには最後までやってやるよ」
「勝ったら紬ちゃんのとこに行ってあげなよ」
「……考えとく」
そう言い残してピッチへ向かう。
応援席にいる月宮が目に映った。。
うちわもペンライトも手に持っていない月宮は、何かに祈るように両手を胸に前で絡ませている。何やってんだ応援しろ。
『さあ運命の後半戦! 勝つのは北代率いる四組か! 突如現れたファンタジスタ瀬良率いる三組か!』
実況につられて観客のボルテージも上がる中、後半開始のホイッスルが鳴る。
開始早々相手のキックミスを見逃さなかった百坂が、俊足でこぼれたボールを拾い、俺へとパスを送る。
「瀬良!」
パスを受け取った俺は、前に走る坂本へとロングボールを入れようと右足を振りかぶった。
−−その時。
ボールを蹴る瞬間、横から誰かの足が現れた。
俺の足ともう一人の脚に挟まれたボールは、俺が蹴った瞬間高く上がりタッチラインを割る。衝撃に耐えられなかった俺はそのまま地面に倒れこむ。
「そう簡単にはやらせねえよ」
「さすがディフェンスの要なんて言われるだけあるな」
両手を地面についた俺を見下ろす北代。
俺がボールを蹴る瞬間、うまくボールに対してスライディングをして攻撃の目を詰んだのだ。
側から見れば危険なタックルにも見えなくないが、ボールに対してのタックルはファールにはならない。
こればっかりは北代を賞賛だ。
切り替えて次の攻撃。
両手に力を入れて重い腰をあげる。
−−ピキッ。
膝から不穏な音が聞こえた。
「……嘘だろ」
怖くて次の一歩が踏み出せない。
俺はこの音を知っている。
何度も何度もわずかな希望を信じてトレーニングしていた時、この音は必ずやって来ていた。
「瀬良! なにぼーっとしてんだ!」
スローインの体勢のまま、坂本が俺を呼ぶ。
「あ、悪い」
恐怖を抱えたまま、一歩踏み出す。
ほっと息が漏れた。
どうやらまだ動けるみたいだ。さっきのは勘違いだろう。いつもならあの音の後は立っていられない。
「任せた!」
坂本が俺をめがけてボールを投げる。
ボールはコントロールしようとした俺の足に弾かれた。
そのまま相手にボールをかさらわれる。
『おっと、瀬良どうしたんでしょうか』
コントロールミス……?
いやいや今はそんなこと考えている場合じゃない。サッカーにミスはつきものだ。
早く奪い返さないと。
前を走り去ろうとする相手を追いかけようと右足を踏み出した。
「え?」
俺の目に映ったのは、走っていく相手ではなく、土埃を上げるグラウウンド。
体を支えていた左足からすうっと力が抜け、気づけば俺は転んでいた。
立ち上がろうとした時、耳に大きな歓声が響いた。
『ゴルゴルゴルゴーーーーーーーール! 四組後半開始早々同点に追いつきました!』
顔を上げた先には抱き合う四組の姿があった。
「大丈夫か瀬良」
駆け寄って来た百坂が手を差し伸べる。
「すまん変なところでつまづいちまった」
「気にすんな。まだ同点だしな」
「そうだな」
百坂に手を取ってもらい起き上がろうとした時だった。
「うっ……」
「ど、どうした瀬良! 大丈夫か」
「大丈夫大丈夫」
「それならいいけどよ……」
全然大丈夫じゃなかった。
俺を襲った左膝の激痛は治ることはない。
それでも俺は痛みをこらえて立ち上がった。
まだやめたくない。
まだピッチに立っていたい。
たかがクラスマッチだけど、俺はまだこの場所にいたい。
点を取られた俺たちからのキックオフ。
坂本が俺にパスを出す。
なんとかコントロールはできたが、俺の不自然な動きに味方も相手も一瞬動きが止まる。
「……瀬良?」
「関係ねえ! 取りに行くぞ!」
全速力でプレッシャーをかけてくる北代を交わそうと、ボールをずらしてなんとか百坂にパスを出した。
あと一点。
せめて一点取れれば、あとはこいつらが何とかしてくれるかもしれない。
ガタガタの膝を動かしながらゴールへ向かって走る。
右サイドでボールをキープしていた百坂から絶好のウロスボールが来た。こいつサッカーやっててもうまくなってるだろうな。
百坂に感心しながら何とか胸でコントロールした。
ゴールは目の前。これを決めれば……。
俺の前に影が見えた。
その影はそのまま俺の前を過ぎていく。
気づいた時にはもう足元のボールはなく、周囲にいた奴らが逆方向に向かって走り出していた。
背中からゆっくりと落ちていくのがわかる。
百坂と坂本が何か言っているが、よく聞こえない。
みんなの動きがスローモーションに見えて、正面を向くと綺麗な青空が俺を覆っていた。
キーンコーンカーンコーン。
五限目終了のチャイムが鳴り、砂が舞った。
十二時の鐘を聞いたシンデレラはこんな気持ちだったのだろうか。翼が燃え地に堕ちたイカロスもこんな空を見たのだろうか。
やっぱりだめだった。
姫野と話した時にもしかしたら本当に復帰できるかもなんて考えていた俺がバカらしい。
まあでも、少しぐらいは役に立てたんだんじゃない? 点も取ったし、盛り上がりにも貢献できたはず。
もう十分だろ。
クラスのみんなには申し訳ないけど、俺もう動けねえわ。所詮俺はここまでだったってこと。
百坂があんなフラグ立てるから悪いんだな。そうだ百坂のせいにしよう……って百坂にも悪いことしたな。これじゃあいつの格好がつかねえ。
こんなことなら初めからやらなきゃよかった。
やっぱり、これきついなあ。
見えている空が、だんだん滲んでくる。
「ま! け! る! なーーーーーーーーー!!」
耳元で叫ばれた気がしてはっと体を起こす。
しかし周りには誰もいない。
「た! てーー!」
声が聞こえる方を向く。
そこには大きな反動をつけながら顔を真っ赤にして叫ぶ月宮がいた。
あまりの声の大きさに、他の声援も影を潜めてしまう。
逆サイドでボールを奪い合っていたピッチの選手さえ動きおとめてしまっていた。
「せんぱい! 負けたら許しませんから! 負けたら私! もっと先輩にめんどくさいことしますから! だから立って! 負けるな瀬良拓真!!」
ほんと、お前ってやつは……、こんなところで大声で俺を巻き込んでる時点でもうめんどくさいことしてるんだよ。
確かに、これからまためんどくさくなるのはごめんだな。
それに、こんなに応援してくれるあいつの隣には、これからも俺がいたいんだよ!
痛みなんか知らねえ。
どうせこれからサッカーすることもない。
ならいっそぶち壊れるまでやってやる!
「月宮、お前の好きにはさせないからな!」
勢いよく立ち上がり、少しぐらい月宮にも恥ずかしい思いせてやろうと、俺も叫んでみた。
月宮は、俺の知っている最高の笑顔を見せる。
「いっけえー! 瀬良せんぱーい!」
「んのやろおおおおお!」
怪我など忘れてボールを目指す。
「急げ! こっちにパスだ!」
左サイドにいた北代がパスを要求する。
言われるがままに出されたボールは、北代に届く前に動きを止めた。
「走れ百坂!」
スライディングでパスカットをした俺は、前のスペースにボールを放って百坂に指示を出す。
「全員戻れ!」
北代が全員に声をかける。
百坂と相手の一人が同じ方向に走った。
しかし、どんどん差は開いていき、先にボールを収めたのは野球部期待の超エースだ。
さっきと全く同じ状況だ。
きっと百坂はこれ以上なほどいいクロスボールが来るはずだ。俺は百坂を信じて走る。
ゴール前まで来たタイミングで、百坂がキックモーションに入る。
ディフェンスも脚を伸ばすが、百坂の蹴ったボールは綺麗にディフェンスの足をすり抜け、弧を描きながら俺の足元まで来た。
ゴールは目の前。
「打たせてたまるかああ!」
俺の前に影が現れた。
でもさっきとは違う。
それが北代だということ。北代がこのボールに夢中になっていること。俺にだけは打たせないという意思で前に立っていること。
全てが見え、全てがわかった。
「残念だな北代」
俺は大きく体を逸らして、ボールに触れなかった。
意表を突かれた北代は、ここでようやく俺のしていることに気づいたようだが、時すでに遅し。
ボールはスピードを落とすことなく、逆サイドに流れていく。
「くそがっ!」
待ち構えていた坂本が、ボールに軽く触れて軌道を変えた。
完全に俺が打つと思っていたキーパーは、見事な反射神経でボールに飛びついた。
が、少し遅かったようだ。
坂本が蹴ったボールはキーパーの両手をすり抜けて、ネットを揺らした。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーール!』
グラウンドを駆ける音が、次第に大きくなっていく。
百坂の大きな体が視界を遮り、倒れこむ俺の腹にダイブした。
「おえっ」
「瀬良! 瀬良! お前マジですげえよ!」
嗚咽を漏らす俺など御構い無しに、百坂は吠える。
百坂につられた奴らが次々と被さり、俺はもう少しで走馬灯すら見えそうだった。
「ちょ、お前ら……ぐるじい」
「ああ、すまんすまん」
必死の訴えが届き、俺の腹の上にできた山が崩れていく。
「よっしゃ! お前ら、この勢いで勝つぞ!」
「「おお!!」」
百坂の声掛けにみんなが答える。
「ほら、瀬良も立てよ」
差し伸べられた手を、俺は掴まなかった。
もう立つことすらままならないことぐらい、倒れていてもわかる。これ以上ピッチにいることはできない。
「わり、俺もう動けねえや」
「知ってるよ。俺が保健室連れてくから、ほら肩掴んで」
そう言いながら、神崎が俺の前に集まるメンバーをかき分け、俺の肩を回した。
「気づいてたんならもっと早く来い」
「ごめんごめん。みんなそういうことだから、あとよろしく」
「あとは任せろ! 瀬良!」
神崎に担がれる俺の背中には、百坂の震えながらも頼もしい声が聞こえた。
「告白、しろよ」
「たりめえだ!」
ピッチの終わりを示す白線が近づいて来る。
その先で待っていたのは、目を赤く腫らした月宮だった。
こいつのこんなに泣いた顔を見るのは、北代に振られた日以来か。
いや、違うな。もっと前に、月宮と初めて会った日もこいつはこんな顔をしていた。
「ぜんばい……」
「お前、顔すごいことなってんぞ」
「だって先輩が……、先輩がああああ」
五歳児みたいに泣きわめく月宮を見てると、足の痛みなんか忘れて笑ってしまう。
「なんで笑うんでずかあ」
俺は自然と月宮の頭に手のひらを置いていた。
「……せん……ぱい?」
月宮はぴたっと泣き止む。
「ありがとな。あとは百坂たちの応援してやってくれ」
「……わかりました!」
両手をぎゅっと握りしめた月宮を残して、白線を越えた。
月宮は、すぐにピッチに向かってとてつもない声量で応援を始める。
「瀬良にも人の心があるんだねえ」
「はあ? なにお前急に……って」
神崎に反抗しようと声を出して初めて、自分の声が震えていることに気づいた。
「それはなんの涙かなあ?」
「これはあれだ、足が痛いんだよ足が」
「ははっ、そっかそっか。紬ちゃんが応援してくれたのが嬉しくてついつい流しちゃった涙かと思ったよ」
意地悪そうに笑う神崎に腹が立つ。
「だいたいお前が仮病なんか使わなかったら」
「使わなかったら瀬良はずっと自分の気持ちに気づかなかったよ。サッカーに対しても、紬ちゃんに対してもね」
「……」
ぐうの音も出ないというのはこういうことなのかもしれない。
たかがクラスマッチ。
でも俺にとってはワールドカップの決勝よりも大事な試合だった。
サッカーができないことを再確認したのは確かに辛いけど、今日ピッチに立つことで不完全に燃えていたものが、ようやく完全に燃えてその姿を消した。
俺にはサッカーしかなかった。それができなくなった俺に価値なんかないし、誰も求めていない。ずっとそう思っていた。
それでもあの時、『負けるな』という言葉は、確かに俺の行き先を示してくれた。こんな俺でも受け止めてくれる存在がある。
そして、それが誰なのかも。
俺は仕方なくあいつのそばにいたんじゃない。
俺が俺の意思で、ずっとあいつのそばにいたのだ。
それに気づかせてくれたのは、紛れもなく神崎だろう。
「……サンキューな」
「え? なに? もっと大きい声で言ってくれないと聞こえないなあ」
せっかく人が素直に感謝してるのにこいつは。
やっぱりハイスペックイケメンにろくな奴はいない。
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