第10話 喫茶店
プリクラを撮り終えた俺たちは、話題の恋愛映画を見た後、ゲーセンでUFOキャッチャーに三千円ほど募金して、ショッピングモールを後にした。
そのまま帰るつもりだったのだが、月宮が途中でカフェに行きたいと言い出したため、近くにあったカフェに入った。
カフェというよりは、昔ながらの喫茶店という感じで、カウンターには白髪をオールバックにまとめたマスターがコーヒーを淹れている。
俺はコーヒーを、月宮はいちごパフェを頼むと、マスターの娘と思われる女性スタッフがテーブルまで運んでくれた。
「ここのパフェ映えるんですよねえ。ほらパフェって普通縦長いじゃないですか? でもここのパフェは横長いんですよ。可愛くないですか?」
「パフェが可愛いってなんだよ。美味いか不味いかの二択だろ」
「……先輩モテませんよ?」
「お前もな!」
メンヘラのお前に言われてたまるか。
月宮は俺の反論に構うわずに、パフェに手をつけることなく様々な角度からシャッターを切る。
そんな月宮を横目に俺はコーヒーを啜る。普段はブラックなんて飲めやしないのだが、本当に美味しいコーヒーはブラックが一番だ。以前親父と行った喫茶店でそれを実感して以来、喫茶店ではブラックで飲むようにしている。今回もどうやら当たりだ。程よい苦味が喉や舌に纏わりつくことなく、ほんのりと口の中に香りを広げ鼻の奥から抜けて行く。この感じがたまらない。
「コーヒー美味しいですか?」
「美味い。まあお子ちゃまのお前にはわからないだろうけど」
「コーヒー飲めることが大人だと思ってる先輩の方が子供っぽいですよ」
「ぐはっ……」
核心を突かれてコーヒーが喉に詰まる。「もう! 馬鹿にしないでください! ぽこぽこ!」みたいな馬鹿な反応すると思ってたのに、こいつやっぱり可愛くない。
しかし、喫茶店というのは落ち着く。BGMもポップな洋楽ではなく、控えめなクラシックで、無駄に接客してくる胡散臭い店員もいない。
客が来れば昔ながらの鐘が鳴って、マスターが渋い声で言う「いらっしゃいませ」は一文字一文字が丁寧に発音されていて心地いい響きだ。
「ずっと聞きたかったんですけど、先輩って好きな人いるんですか? 私以外に」
パフェを一口放り込んだ月宮が、スプーンで俺の方を差しながら聞いてきた。
「今はいないな。というか、なんでお前のこと好きな前提なの?」
「『今は』ということは、これまでにはいたと言うわけですね! どんな輩を好きになったんですか?」
「誰もそんなこと言ってないだろ。輩ってなんだよ輩って」
「そんなことより早くどんな人だったか教えてください」
「だから……」
「『幼馴染』とかですか?」
月宮の言葉にどきっとさせられ、すぐに否定することができず、言葉に詰まる。
「図星ですか」
「もう良いだろ。過去の話だって」
「どうせ小さい頃に結婚しようなんて約束したんでしょ。漫画か! ラノベか! エロゲか!」
パフェに三回スプーンを突き刺す月宮からは殺気さえ感じる。
その姿を見て、穏やかな表情だったマスターさえも額から冷や汗を垂れ流していた。
「落ちつけ月宮。そうそうお前の今までの恋バナ聞かせてくれよ」
女子って大好きだろ? 「恋バナ」。人の恋愛聞くことの何が面白いのか俺には全くわからんが、とりあえずこれを月宮に振っておけば、乙女モード全開で、周りに花なんか咲かせながら話し始めるはずだ。
「は? 私中学まで彼氏はおろか、好きな人いなかったんでそんな話ないですけど」
ドス黒く重低音のような声が店内に響き渡る。確実にミスった。
「……なんかすまん」
「自分は今まで幼馴染といちゃいちゃラブラブしてたからって随分と上から目線ですね。あれですか? 自分が今まで陽キャだったから高校デビューの私をバカにしてるんですね! 許せません! そりゃ先輩には神崎先輩みたいな超絶イケメン高スペックな親友もいて、神に愛された容姿を持った漆原せ」
「わかったわかった。もうやめてくれ。みんなお前のこと見てるから」
興奮気味だった月宮も、周りの痛い視線に気づいて恥ずかしくなったのか、さっきまでちびちび食べていたパフェを一気に平らげた。
「へんはい、かへいまひょう」
頰にホイップクリームやらカラースプレーやらを塗りたくった月宮がカバンを抱えて店の外に出た。
食べながら喋んな。
それと、なんで自然と俺が奢ることになってんだよ。
月宮はまだ遊び足りなかったらしく、俺は連れて行かれたカラオケボックスで散々失恋ソングを聞かされて、感傷的になって涙なんか流し始めた月宮をなだめ、パスタ専門店で夕食を済ませた。
俺たちが店を出た時は、もうすぐで八時を回ろうとしていた。さすがにこの時間に女子一人で帰らせるわけにも行かず、俺は月宮を家まで送ることにした。
「あ、もう家近いんでここまででいいですよ」
住宅街に入って少し歩いたところで、月宮が足を止めた。
「そうか。じゃあ気をつけてな」
「ありがとうございました」
「おう、じゃあな」
踵を返して帰ろうとした時、月宮が後ろから俺の服を掴んで来た。
その手は力が入りすぎているのか、震えていることが服越しでも伝わって来る。
「ど、どうした?」
「たの……か?」
顔をうつむかせたままの月宮が何か言ったが、声が小さすぎて聞こえない。
「今日……、楽しかったですか……?」
月宮に手にさらに力が入る。
「……楽しくなかったわけではない」
月宮とあの胡散臭い店員とトリプルルックなのは残念だが、新しい服も買えたし、美味しいコーヒーも飲めた。それなりに楽しかったとは思う。
「よかった……」
そう言って、月宮がはっと顔を上げて目が合った時、なぜか目を逸らしてしまった。
「先輩? どうしました?」
月宮が、様子のおかしい俺を心配そうに見上げる。
こいつの上目遣いなんてほぼ毎日見てるだろ! なにドキッとしてんだよ!
「は、はあああ? べ、別にどうもしてねえし、はああああ?」
「なんかおかしいですよ?」
「はあああああ? どこが? 全然おかしくないんだけど」
「そ、そうですか……」
月宮は二、三歩下がって俺を訝しげにみる。
おい、お前が引くなよ。いつもドン引き行為ばっかしてるくせに。
「か、帰る……」
なんとなくそこにいるのが恥ずかしくなって踵を返して歩き出す。
「先輩っ!」
はあ? まだなんかあるのかよ、と思って振り返った時、俺の顔の前に何かが飛んで来てかろうじてキャッチすることができた。
「お前、あぶねーだろ!」
「それ、返しときますね!」
月宮はそれだけの言い残して、帰って言った。
手には、俺が服を買った店の紙袋。中を確認すると、そこにはネイビーのよれたTシャツが綺麗に畳まれた状態で入れられていた。
「捨ててねーのかよ……」
夜はちょっとだけ女の子は可愛く見えると思うのは、俺だけだろうか。
いやいやいや、あいつは全然可愛くないよな。
家に帰った俺は喫茶店での月宮との会話を思い出していた。
「確かあの写真はこの裏にまだ貼っていたはず……」
壁に吊るされたコルクボードを裏返してみたが、そこには何もなかった。
「あれ? まあいいか。知らない間に捨ててたんだな」
いつまでもあんな写真持ってるのも恥ずかしいし、もうあいつは帰ってこない。帰って来たところでなにかあるわけじゃない。
なんてことを考えながらも、胸のあたりは少しだけざわついていた。
◆
学習机に腰掛けて、今日撮ったプリクラを眺めながら、カバンの中から一枚の写真を取り出した。
「戻すタイミングなくて持って帰って来ちゃった……」
先輩が部屋の中でこけた時、コルクボードから落ちて来た写真。
中学の制服を着た男の子の隣には、セーラー服を着た女の子が幸せそうな笑顔を浮かべている。
それは女の子だけではなく、男の子の方もまた、同じように笑っていた。
「先輩、こんな笑顔できるんだ」
いつもはあんな無愛想に突き放すくせに……。
先輩が言ってた好きな「幼馴染」って絶対この人だ。そんなの一目見たらわかる。
左手に持っていたプリクラと写真を見比べて、思わず肩を落とす。
「え……」
自分が落ち込んでいることに気づいた頭の中に、混乱が生まれた。
なんで落ち込んでるんだろう?
確かに先輩は優しいし、顔もめちゃくちゃ悪いってわけじゃないけど、私の中ではまだ北代先輩のことが……。
そうか。先輩がこの人と結ばれたりして、私に構ってくれなくなるのが嫌なんだ。
昔の話って言ってたし、今は好きな人いないって言ってたもんね。
大丈夫大丈夫……って、私いつからこんなに欲張りになっちゃったんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます