第三幕 料理②


「セイ」


 本日も新しいレシピを教えるべく厨房で料理人さんとサンドイッチを作っていると、ジュードがやってきた。


「どしたの?」

「所長から伝言があって、この書類を第三騎士団の隊舎に届けて欲しいって」

「今、手が離せないからジュードが行ってくれない?」

「いや、なんかセイに届けて欲しいって言われたんだけど……」

「何でかしら? 今すぐ? 後少しで作り終わるから、それからでもいいかしら?」

「少しならいいんじゃない?」

「分かったわ。第三騎士団の隊舎に行けばいいのね」

「うん、団長の執務室にいるから持ってきてくれってさ」

「りょーかい」


 第三騎士団の団長執務室に到着し、扉横に立っていた隊員さんに取り次ぎをお願いすると、すぐに中に通された。

 どうやら所長から話が通っていたらしい。

 中に入ると立派な執務机の前に応接セットがあり、そこに所長ともう一人、男性が座っていた。

 団長さんだろうか?


「すみません、お待たせしました」

「いや、助かった。ありがとう」

「それでは、私は戻りますね」

「ちょっと待て」


 所長に書類を渡すと、にこやかにお礼を言われ、用が済んだので退室しようと振り返ろうとしたところで、所長に止められた。

 何だろうと思い所長を見ると、隣に座るように促された。

 に?

 ちらりと部屋の主であろうもう一人を見ると、彼からも座るよう促された。

 仕方なく所長の横に座ると、所長が彼に話しかけた。


「彼女がセイだ」

「そうか、君が。私は第三騎士団の団長をやっているアルベルト・ホークだ」

「はじめまして、セイです」


 苗字は言わない。

 この世界で苗字を持つのは貴族だけで、私は貴族ではないからね。

 研究所に配属されて、最初に所長に名乗ったときに教えてもらった。

 この国ではみのない苗字で、下手に名乗ると周りにせんさくされて面倒なことになるらしいので、それ以来、名乗らないことにしている。

 そして、もう一人はやはり団長さんだった。

 彼の斜め前に座り、改めて見る。

 少し癖のある金髪にブルーグレーのひとみの冷たい感じがする男性だ。

 年は所長と同じくらいだろうか?

 騎士だけあって、所長より体格がいい。

 いや、所長も十分背が高いし、がっしりしてるんだけどね。

 何ていうか、筋肉の厚みが違う。

 この国に来てから会った中では一番好みのタイプかもしれない。


「この間の第三騎士団の遠征の件、覚えているか?」

「遠征?」

「ほら、サラマンダーの」

「あぁ」


 いきなり紹介を受け、私に用でもあるのかと不思議に思っていると、唐突に所長が話し始めた。

 遠征の件と言われて、最初は何のことか分からなかったが、サラマンダーと言われれば分かる。

 この間、王都西のゴーシュの森に行った騎士団が大量の負傷者を出した件だろう。

 あれから特に話を聞かなかったから、すっかり忘れていたけど、あの騎士団って第三騎士団だったっけ。


「あのとき、お前が上級HPポーション飲ませたやつがいただろう」

「えぇ」

「そいつだ」


 所長に言われて、そういえば、そんな人もいたなと思い出す。

 あのとき、私が上級HPポーションを飲ませたのは、一番重傷だった人、ただ一人。

 火傷やけどひどくて、直視するのがきつかったため、あまり見ないようにしていたからか人相は覚えていないけど、確かそばにいた騎士さんが団長と呼んでいたのは覚えている。

 そうか、この人があのとき死に掛けていた人か。

 ポーションを飲ませた直後に黒焦げだった皮膚ががれて、下から新しい皮膚が再生していくのは見たけど、完全に治るまで見届けた訳ではないのよね。

 あの後もポーションを配り歩いていたし。

 改めて団長さんを見ると、あの時の火傷などなかったように肌が綺麗に治っていた。

 ここまで綺麗に治るなんて、異世界のポーションは本当に優秀だと思う。

 この様子であれば、火傷以外の傷等も綺麗に治っているかもしれない。

 ポーションの性能を見たいけど、流石さすがに服を脱いで見せてくれっていうのは無理よね。


「ありがとう、君のおかげで助かった」

「いえ……」


 しまった。

 経過を見たくて、顔をじっと見つめていたせいか、団長さんはうつすらと頰を染めている。

 イケメンの照れる姿とは、こうも破壊力が強いものかとドキドキしながら、当たり障りのない返答をすると、隣からぷっと噴き出す音が聞こえた。

 何かと思い横を向くと、所長が口元に手を当てて笑いをこらえていた。


「所長?」

「いや、何でもない」


 何でもないと言いつつも、相変わらず笑いを堪えているみたいだけど、何がしいんだろうか?

 所長があんまりにも不審な行動をしているからか、私だけじゃなく、団長さんもげんな顔をしていた。

 いや、怪訝と言うより、むしろむっとしているというか、恥ずかしそうというか。

 恥ずかしそう?

 けんしわを寄せて微妙な表情で所長を見ていた。


「そうそう、お前、上級HPポーションの材料欲しがってただろう?」

「えぇ。でもあれって森に行かないと採れないんですよね?」


 いい加減、そろそろ団長さんが口を開こうとした正にそのときに、ようやく笑いの衝動が過ぎ去ったのか、所長が口を開いて話題を変えた。

 唐突な感じがするけれど、団長さんが怒り出す前で良かったと、ひっそりむねで下ろした。

 所長が言い出した上級HPポーションの材料だけど、確かに欲しいという話を以前所長にした覚えがある。

 薬草園でささやかに栽培されていた上級HPポーション用の薬草は、このところの乱獲により大分数を減らしていた。

 私としては製薬スキルのレベル上げのため、どんどんポーションを作りたいのだけど、あいにくこの薬草は栽培が難しく、所長からこれ以上使うことを禁じられている。

 それ故、外部から購入できないかと所長に相談したんだけど、栽培が難しい分、とても素敵な価格でね。

 ここ最近、予算が潤沢になったとはいえ、そういう高級材料を外部から大量に購入するのも難しかったのよね。

 王宮の外にある森などに自生しているらしいので、そちらへ採集に行けば手間は掛かる分、費用は抑えられるのだけど、森には魔物がいて、研究員だけで採集に行くのは困難だった。


「そうだ。この辺りだと南の森に生えているんだが、お前ちょっと取りに行ってこないか?」

「所長、魔物に襲われるのは勘弁なんですが」

「そこは、第三騎士団の連中が守ってくれるらしいぞ」

「え?」

「この間のポーションのお礼だそうだ」


 所長の話に、思わず団長さんの顔を見た。

 先程とは打って変わって、穏やかな表情をしているので、所長の言う通り、ポーションのお礼に薬草摘みの護衛をしてもらえるようだ。

 しかし……。


「お礼なら既にいただいていますけど……」


 王宮からは特別報酬、辺境伯家からもお礼をいただいている。

 この上更にとなると、もらい過ぎな気がするのだけど。


「団長殿が個人的に渡したいそうだ」

「おい!」


 ニヤニヤしながら所長が言うと、団長さんが慌てたように止めた。

 遅かった訳だが。

 しかし、個人的なお礼で騎士団を動かしてもいいのだろうか?


「個人的にですか?」


 団長さんにちらりと視線を投げると、言外の意味をみ取ってくれたのか、せきばらいをして気まずそうに説明してくれた。


「元々、南の森に討伐に行く予定があって、それでついでにどうかと話をしたんだ」

「そうだったんですね」


 元々予定に入っていたのね。

 それなら問題ないのかな?

 上級HPポーション用の薬草が欲しいのは確かだし。


「ご迷惑でないのであれば、お願いいたします」


 私が頭を下げると、問題ないというように団長さんはうなずいた。

 それからは、いつ遠征に行くのかなどの実務的な話が続き、気付けば夕方となっていた。

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