第一幕 薬用植物研究所②


 高官さんとの面談の後、紅茶を淹れてくれたメイドさんに連れられて、これから滞在することになる部屋に移動した。

 案内された部屋は日本で私が住んでいたワンルームの部屋よりも広く、しかもホテルのスイートルームのようにリビングと寝室の二部屋がつながった部屋だった。

 インテリアもロココ調でとても豪華、いつか行ってみたくて、インターネットでよく見ていたヨーロッパの高級ホテルのようだった。

 部屋に通され、リビングにあるソファーに座ると、どっと疲れが出た。

 窓から差し込む光は昼間であることを教えてくれたが、召喚されたとき、日本は深夜で、しかも仕事から帰った後だった。

 どうやらスランタニア王国と日本とでは時差があるみたいね。

 連日連夜の深夜残業による疲れと、突然召喚され環境が激変した影響だと思うけど、ソファーに座った後のことは覚えていない。

 多分、寝てしまったんだと思う。

 目が覚めたら、誰かが運んでくれたのか寝室のベッドの上で、次の日の朝だった。

 着ていたコートとスーツは脱がされて、白いネグリジェを着ていた。

 一体、誰が着替えさせてくれたのだろう?

 ここに案内してくれたのはメイドさんなので、恐らく彼女じゃないかとは思うけど、ちょっとだけ不安だった。

 とりあえず着替えようかと思ったけど、好き勝手に部屋をあさるのもどうかと思ったので、リビングには誰かいるだろうかと思いながら移動した。

 リビングへの扉を開けたら、そこには前日に部屋に案内してくれたメイドさんが待機していてくれた。

 着替えたい旨を伝えると、寝室に連れて行かれ、色々なドレスを出してきてくれたのだけど、どれも装飾が派手で、恐ろしく高そうな、着たが最後、汚すのが怖くて動けなくなりそうな物ばかり。

 どこかに出かける予定もないので、動きやすい、装飾が控えめなドレスをお願いし、唯一あった少し豪華なワンピースと言えなくもないドレスに着替えた。

 着替えの最中に聞いたところ、ネグリジェに着替えさせてくれたのは彼女だった。

 お礼を言うと「とんでもないことでございます」と返された。

 どうにも、ひどく気をつかわれているような気がするのだけど、指摘しても益々恐縮されそうなので、気にするのはやめたわ。

 それは着替えのお礼を言ったときに体験したしね。


 そうして王宮で過ごすこと二週間。

 私は時間を持て余していた。

 最初の三日間は、まだ良かったのよ。

 この世界に慣れないといけないと思って気が張っていたし。

 でも、段々暇に耐えられなくなってね。

 確かに衣食住の保障はあったけど、それ以外は放置プレイだったからね。

 高官さんは最初に会って以来、一度も顔を合わせることはなく、何のおともなかったのよね。

 何かしら連絡があるかと待っていたんだけどね。

 部屋にメイドさんはいてくれるから多少は雑談したりするのだけど、一日中話し続けるというのも難しいし、彼女も他に作業があるようで、ずっと部屋にいる訳ではないのよ。

 そういうときは一人で部屋にいることになるんだけど、テレビもスマホもないところで、何もせずに過ごすのはつらかった。

 流石さすがに暇に耐えられなくなって、部屋に引きこもってばかりも良くないし散歩にでも行くかと思い立ち、メイドさんに伝えると、彼女も一緒に行くと言われた。

 ただ、彼女にも仕事があるから、私の暇つぶしに付き合わせるのは申し訳なくて、部屋の前の庭を少し歩くだけだからと一人での散歩を強行した。

 大分渋られたんだけどね。

 そうして、最初は部屋の前の庭だけだったのが、日に日に移動範囲が広がり、あちらこちらをうろうろしていたところ、見つけたのが薬草園だった。

 日本では仕事のストレス解消にハーブやアロマセラピーにはまっていたこともあり、薬草園はとても興味深かった。

 植えてある薬草は日本で植えていたものと見た目が同じものもあり、植生は地球と変わらないのかしらと考えていると、声をかけられた。

 後ろを振り向くと、深緑の髪とひとみが印象的な、人懐っこそうな顔をした青年イケメンが立っていた。

 声をかけて来たのは薬草園の隣にある薬用植物研究所の研究員だった。


「研究所に何か御用でしょうか?」

「いえ、ただの散歩です。面白いなと思って、見ていただけです」


 薬草園を面白いと言った私に興味を持ったのか、研究員さんはそのまま、その辺りにある薬草について説明をしてくれた。

 ラベンダー、ローズマリー、アンゼリカ等、日本と変わらない名前で呼ばれる薬草は、その効能もほとんど変わらないものだった。


「この薬草からHPポーションができるんですよ」

「HPポーション!?」


 薬草の説明の間にHPポーション等という、ゲームかよと突っ込みたくなる単語があり、思わず驚くと、研究員さんはにっこり微笑ほほえんでポーションについて説明してくれた。


「こちらの薬草は乾燥させて傷薬にしたり、せんじて飲んだりしても、それなりに効果があるのですが、ポーションにすることで更に効果が高まるんです」

「へぇ、そうなんですね」


 研究員さんの所属する薬用植物研究所では薬草そのものについての研究も行っているけど、彼が主に研究しているのはポーションだそうで、その後もポーションについて色々な話を聞いた。

 各種ポーションに使われている薬草について聞いていると、元の世界で、その昔、傷薬として使われていた薬草が、こちらではHPポーションの原料として使われていたりして、ポーションの効果と原料となる薬草の効能というのが繫がっていて面白かった。

 そうして薬草の説明を受けていると、あっと言う間に時間が過ぎ、夕方に差し掛かったため王宮に戻ることにした。


「色々なお話が聞けて楽しかったです。ありがとうございました」

「こちらこそ。また来てくださいね」


 そんな研究員さんの優しい言葉に甘え、次の日もまた薬草園まで散歩に出掛けた。

 そうして、ふらふらと薬草園を歩いていると、またあの研究員さんが声をかけてくれ、前日と同じように、そのとき歩いていた周辺に植えてある薬草の効能だったり、その薬草からできるポーションの効果だったりを話しながら、私の散歩に付き合ってくれた。

 三日目までは薬草園で話していたけど、四日目には研究所に案内してくれて、そこでは他の研究員さん達も色々な話を聞かせてくれた。

 研究員さん達から聞く話はとても面白く、主な話は薬草やポーションのことだったけど、王都でっている物の話や、王宮で働いている人達の話等も教えてくれた。

 そうやって毎日入り浸っていると、段々と王宮から薬草園まで通うのが面倒になってきたのよ。

 だって、王宮から薬草園まで徒歩で三十分はかかるのよ?

 王宮というだけあって、その庭園は果てしなく広いのよね。

 メイドさんに聞いたら、見える範囲全て王宮ですって。

 そんな広い場所を往復一時間かけて研究所に通っていたのだけど、通うための一時間があれば研究員さん達から更に話が聞けるのにと思ったのよ。


「もういっそ、ここに住みたいわ」

「それもいいと思いますよ。実際、俺も含めて研究員の何人かは研究所に住んでいますしね」


 胸の内を吐露すると、あっさりと賛成してくれたのは、この数日ですっかりと仲良くなった研究員さんであるジュードだった。

 彼は薬草園で初めて声をかけてくれた研究員さんだ。


「そうなんですか?」

「えぇ、王都にやしきがある人もいますけどね。ここは王宮を挟んで王都とは反対側にありますし、しかも王宮からも距離がありますからね。過去に同じようなことを考えて住むようになった研究員がいて、それから住む人が増えたんです」


 ジュードは王都に家族が住んでいるから、最初はそこから通っていたらしいのだけど、研究所に住んでいる研究員がいることを聞いて、さっさと研究所に住むようになったらしい。

 やっぱり王都から通うのが面倒になったからだとか。

 皆考えることは同じなのねと心の中でつぶやいていると、後ろから声がかけられた。


「今日は何を話しているんだ?」


 ジュードと二人そろって振り返ると、そこにいたのは、この薬用植物研究所の所長であるヨハン・ヴァルデックさんだった。


「今は雑談していました。王宮から通うのが大変なので、ここに住めるといいのにって話していたんです」

「ここに?」

「えぇ。研究員の方達も何人か住んでいらっしゃるんですよね?」

「まぁ、そうだな。何だ、君も研究員になりたくなったのか?」


 所長さんはニヤリと笑うと予想外のことを言った。

 ここで働く?

 確かに、研究所に住んでいるのはここで働いている研究員さん達で、部外者が住もうとは普通考えないわよね。

 後で王宮から王都に引っ越すにしても、無職の状態よりは職があった方がいいのは明らかだし、何より、日がな一日、王宮でぼーっとしているよりははるかに有意義だ。

 それに日本でも趣味にしていた薬草や、逆にみがないポーションのことを学べると思うと、とてもワクワクした。

 うん、この薬用植物研究所で働くというのは、とてもいい考えね。

 そこまで考えて、私はにっこりと微笑みながら所長さんに向き直った。


「そうですね、研究員になりたいです」

「おっ、そうか? じゃあ、手続きしないとな」


 所長さんは冗談なのか、そうじゃないのか分からない、おどけた態度でそう言うと、再びふらりと所長室の方へ歩いていった。

 実際、このとき一緒にそばで話を聞いていたジュードは所長さんの冗談だと思っていたらしい。

 研究所に配属後にあいさつをしたら、驚いて、そんなことを言っていた。

 思い立ったが吉日。

 王宮の部屋に戻ってすぐに部屋にいたメイドさんに、最初に会った高官さんに取り次いでもらえるよう頼んだ。

 その日は既に夕方となっていたため、高官さんとは翌日会うことになった。

 次の日、高官さんは私が朝食を食べ終わり、お茶を飲んで一休みしていたときに部屋に来てくれた。


「何か、お話があると伺いましたが」

「はい、実は薬草に興味があるので薬用植物研究所で働きたいと思っているんですけど……」

「よろしいですよ」

「え? いいんですか?」


 あまりにもあっさりと了承されたので、話を聞くと、どうやら研究所の所長さんが話をつけてくれていたらしく、王宮から研究所に引っ越すというところまで話がついていた。

 私も半ば冗談だろうと思っていたのだけど、所長さんはちゃんと動いてくれていたらしい。

 しかも、高官さんから了承までもらってくれていたなんて。

 やるな、所長。

 そこからは、さくさくと準備が進んだ。

 元々私物は、この世界に喚び出されたときに着ていたコート、スーツに靴、後はビジネスバッグくらいで少ない。

 とはいえ、一着しかないスーツを着て研究所で働く訳にはいかず、着替えはもちろんのこと、生活用品も必要だ。

 その辺りは高官さんが用意してくれるというので、お任せした。

 用意してくれた物は、研究員が着ていてもおかしくない、飾り気のないシャツやスカート、ワンピース等の洋服や、タオルやせつけん等の生活用品。

 揃えてもらった洋服を見ると、短い間だったけど王宮で生活しているときに好んで着ていたドレスやアクセサリーも入っていて、新しく用意してもらった物はそれらと同系統のデザインの物が多く、私の好みを考慮に入れてくれたみたいだった。

 生活用品に至っては、恐らく部屋の家具なんかも揃えてくれたのかもしれない。

 引っ越してから部屋の中を確認すると家具が備え付けてあったからね。

 家具は明るめの色味の物で統一されていて、とても居心地の良さそうな部屋だった。

 そこが研究所だと思えないくらいに。


「色々とありがとうございました」

「いえ。これからも困ったこと等ございましたら、遠慮なくご連絡ください」

「ありがとうございます」


 王宮から出て行く日、研究所に行く馬車まで用意してくれた高官さんにお礼を言うと、いつもの笑顔で返された。

 王宮に戻るつもりはないので、今後高官さんに頼ることもないだろうとは思ったけど、再度お礼を言って、私は馬車に乗り込んだ。

 こうして私は研究所の一室と、薬用植物研究員という職を得たのだった。

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