第一幕 薬用植物研究所①

 喚び出されてから一ヶ月。

 季節は本格的な春に向かうところで、私は王宮にある薬草園で薬草の種をいていた。

 どうして薬草園で種を蒔いているのかって?

 それは今、私が薬草園の隣にある薬用植物研究所に所属しているからよ。

 ついでに言えば、住んでいるのも研究所ね。

 ええ……、王宮にではないわ。

 研究所に住んでいます。


   ◆


 あの日、ここスランタニア王国にいにしえの時代より伝わる【聖女召喚の儀】という儀式で、私──小鳥遊たかなしせいは異世界に喚び出された。

 この国では至る所でしようと呼ばれる物が発生するらしい。

 瘴気というのは割と身近に発生する物で、人間にとっては良くない物だそうだ。

 詳しい理論は判明していないが、ある一定以上の濃度の瘴気が魔物となるらしく、瘴気が濃くなれば発生する魔物もそれに比例して強くなるそうだ。

 そこにいる魔物を倒すとその周辺の瘴気は薄くなるため、魔物を倒し続ければ瘴気が必要以上に濃くなることは防げる。

 しかし数世代ごとに、魔物を倒す速度をはるかに超える速度で瘴気が濃くなる時代があり、そのようなときには昔から王国内に【聖女】となる乙女おとめが現れたそうだ。

 【聖女】の使う術というのは、かなり強力な物のようで、あっという間に魔物がせんめつされるらしい。

 この術のおかげで、魔物を倒す速度と瘴気が濃くなる速度の釣り合いが取れるとか。

 一説によると【聖女】がいるだけで、その周辺の瘴気が濃くならないとの報告もあったそうだ。

 どんだけー。

 そんなふうに常日頃は自然発生する【聖女】だけど、ただ一度だけ、どれだけ瘴気が濃くなろうとも現れなかった時代があったらしい。

 時の賢者達があらゆる術を検証し構築したのが、彼方かなたより【聖女】となる乙女を召喚する、この儀式であると言われている。

 はた迷惑なことに、そんな儀式で喚び出されました。

 この儀式、如何いかんせん大昔に一度行われたきりの儀式なもので、本当に【聖女】が喚び出されるか、やってみるまでは分からなかった代物らしい。

 しかし時の賢者達というのは偉大だったみたいで、本当に喚び出されましたよ。

 二人も。

 今まで【聖女】は、その時代に一人しか現れなかったらしいけどね。

 今回喚び出されたのは、か二人。

 過去と比較して、今回はかなりひどい状態らしいので、それに比例して人数も増えたのかしら?

 謎ね。

 ここまでが、この一ヶ月で知った【聖女召喚の儀】についての話ね。

 そして、ここからは、どうして私が薬用植物研究所に住むことになったのかという話をしたいと思う。

 あの儀式の後、部屋に入ってきた赤髪君は紛れもなく、この国の第一王子様であったようだ。

 その第一王子様は私には目もくれず、只管ひたすらもう一人の女の子、そのあいちゃんに話しかけ、愛良ちゃんだけを連れて部屋を出て行った。

 まあね。

 こちらは二十代、片や愛良ちゃんは十代後半。

 どちらが王子様と年が近いかというと、もちろん愛良ちゃん。

 しかも茶色のふわふわとした髪に、透明感のある白い肌にいろの頰、少したれ目の守ってあげたくなるようなれんな、ゆるふわ女子。

 忙しさのあまり、こだわることもなくひとまとめにくくったぼさぼさ髪に不健康な白い肌、目の下に万年クマが居座っているような眼鏡女と比較するのはおこがましいってものよね。

 愛良ちゃんだけを目に入れたいって気持ちも分からなくはない。

 でもね、断りもなく人を呼び付けておいて存在を無視するとはいい度胸だと思う。

 周りにいた騎士さんやローブさんもあまりの王子のスルー力にあつに取られていたけど、取り残された私に気付くとひどくろうばいしていた。

 見事にスルーされた私をどう扱っていいのか分からなかったのでしょうね。

 そのままほうけていてもしょうがないので、その辺にいたローブさんの襟首をつかみ、にっこりと微笑ほほえみながら問いただした。


「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「な……、何でしょうか?」


 私に捕獲されたローブさんは声を搾り出したというように、恐る恐る答えた。

 私より背が高いくせに、まゆを八の字にしてオロオロと視線を彷徨さまよわせるなんて、まるで私がいじめているみたいじゃない。

 普段であれば罪の意識を感じるところだったのだろうけど、このときはそれどころではなかったので、気にせず思いつくままに聞きたいことを聞いた。


「ここはどこかしら?」

「ここはスランタニア王国の王宮でございます」

「スランタニア王国?」


 聞いたことのない国名だった。

 世界には色々な国があるので、もしかしたら私の知らない国なのかもと思ったけど、それが完全なる現実逃避であることは頭の片隅で理解していた。


「そう。それで? どうして私はここにいるのかしら?」

「それは……、その……」


 言いよどむローブさんだったが、私がスッと目を細めると、慌てて説明してくれた。


「せ、【聖女召喚の儀】でお呼びしたのです!」

「【聖女召喚の儀】?」


 そこからは【聖女召喚の儀】に関しての説明が始まり、その内容は先に挙げた通りだった。


「やっぱり、ここは私がいた世界とは違う世界なのね」

「恐らく、そうだと思います……」


 元いた世界で、瘴気という物も、魔物も、身近に発生するという話は聞いたことがない。

 もしかしたら、本当にもしかしたら、瘴気も魔物も元の世界でも実は発生していて、私が知らなかっただけかもしれないなんてわずかな希望にすがるように思ったけど、ローブさんの口振りでは、このことはスランタニア王国では世間一般に広く知られている内容のようだった。

 この辺りで、理解したくはなかったけど、私は異世界に召喚されたのだと理解した。


「それで、その【聖女召喚の儀】というのは分かったけど、元の世界に戻るにはどうしたらいいのかしら?」


【聖女】は瘴気の濃さを調整するために発生するのだから、瘴気が濃くなる速度が通常通りに戻れば【聖女】がいる必要がなくなり、もしかしたら元の世界に帰れるかもしれない。

 そう思って問いかけたが、ローブさんは「いえ」と小さな声で言い、希望はあっさり打ち砕かれた。

 元より、異世界から【聖女】が召喚されること自体が二度目で、前回召喚された【聖女】は生涯この国にとどまっていたと伝わっており、元いた世界に戻る方法は今のところないとのことだった。

 もう戻れないというのはショックだった。

 ただ、そこまで聞いて、余計に先程の第一王子の態度が頭に来て、とりあえず必要だと思ったことを簡単に聞き終えた私は、そのままこの国を出ようと思った。

 まずは手始めにこの部屋から出て、この部屋がある王宮から出て、王宮のある王都から出て、最終的には隣の国に行こうとした。

 今思い返すと随分と浅慮だったと思うけど、とにかく、ここにいたくなかった。

 必要なことを聞き終えた私がローブさんの襟首から手を離し、部屋の外に出ると、慌てた騎士さん達が後ろを追いかけて来た。


「聖女様! どちらに行かれるので!?」

「私は出て行くわ」

「そんな、お待ちください!」


 とっとと出て行こうと思ったのだけど、そこは流石さすがに王宮。

 広過ぎて、どこから出て行けばいいのか、さっぱり分からなかった。

 頭に血が上っていたから適当にずんずんと進んだけど、結局、追いかけてきた騎士さんが前に立ちふさがり、止められた。

 行く手を遮られ、いらっていたこともあり、じろりとにらむと、先程のローブさんと同じように騎士さんも眉を八の字にした。


「お願いします。もう少々お待ちください」

「さっき話していた分の時間もあるし、あの部屋には随分と長いこといたと思うのだけど?」

「それはそうなのですが……、そこを何とか」


 騎士さんが大きな体を縮こまらせて、どうにか私を押し留めようとするのを見て、少しだけ頭が冷えた私は渋々といったていうなずいた。

 それを見た騎士さんは、あからさまにあんし、「こちらにどうぞ」と言いながら王宮内のどこかの部屋に私を案内した。


「担当の者が来ますので、こちらでお待ちください」


 騎士さんがそう言い置いて出て行くと、入れ違いにメイドさんがティーセットの載ったワゴンを押しながら部屋に入ってきた。

 メイドさんにれてもらった紅茶は流石というべきか、とてもしかった。

 温かい紅茶はイライラした気持ちを落ち着かせてくれ、冷静になった私は頭の中を整理することにした。

 紅茶を淹れ終えた後、メイドさんは特に話しかけてくることもなく、手持ちだったせいもある。

 もしかしたら、私の置かれた状況をおもんぱかって、そっとしておいてくれたのかもしれない。

 彼女はこちらを窺っている様子はあるのだけど、静かに壁際に立っていた。

 そして、待つこと一時間。

 日本で怒れる顧客を一時間も待たせたら、確実に契約切られるわよねと怒りが再燃して来たあたりでようやくドアがたたかれた。

 ノックの音に、「どうぞ」と返すと、第一王子が着ていた服よりは遥かに地味な、けれど同じような格好をした、この国の高官らしき人物が部屋に入ってきた。

 メイドさんが淹れてくれた紅茶はとても美味しかったし、考えを整理する時間が取れたのはありがたかったけど、流石に一時間も待つのはきつかった。

 だから入ってきた高官さんを思わず睨んでしまったのは仕方がないと思う。

 私の視線にびくりと体を震わせたこの国の高官さんは、額の汗をきながら、更に詳しくこの国のことや、私の置かれている状況について等を説明してくれた。

 そのときに聞いた外の様子から、私を止めてくれた騎士さんにとても感謝した。

 いくらなんでも王都を出たら魔物がかつする草原が広がっているとか、隣の国まで馬車で一週間かかるとか、道中盗賊が出ることもあるとか、正直この世界のことをよく分かっていない私には隣国までたどり着くというのは、はっきり言って無理ゲーだった。


「出て行かれるとおつしやっていたと伺っていますが、すぐに王宮の外で暮らすというのも現実的ではございません」


 神妙な面持ちの高官さんの話を聞き、確かにその通りだと思えた。

 王都で暮らすくらいなら結構行き当たりばったりでも、どうにかなるかなとも思ったのだけど、同時に、日本にいたときと同じ感覚で行動をすると取り返しが付かないことになるかもしれないとも思ったからだ。

 海外旅行に行くときに注意する内容と同じね。

 王都で暮らすにしても、しばらく王宮で過ごして、この世界に慣れてからでも遅くはないかもしれない。

 そう思って、高官さんの言葉に従い、王宮に住むことにした。

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