価値観(せかい)の変化

 この世界には虫と喧嘩する人間はいない。

 同じように、猿と星を語り合う人間がいるわけもなく、彼と魔術を語り合う人間は誰もいなかった。

 

 現代魔術師の中で最高峰の魔術知識を有すると目されているエマーソンの才覚は、幼少の頃から発揮されていた。


 彼は学生になるよりも前よりも早く、親から与えられた魔道具を解体して、新しい魔道具を作り始めていた。


 学生になったら直ぐに着手したのは、より便利でより高威力の魔術を発動できる魔道具の開発。


 彼の手掛けた魔道具の全ては革新的だった。



『いいよなぁ。天才は……』


『ごめん。オレにはキミの考えは分からないよ』


『なあ。最近のアイツ、調子乗ってね?』


『ケッ……。どうせ腹の中ではオレたち凡人のことを見下しているんだろ』



 しかし、圧倒的な才能というものは、時に底知れない孤独を生みだすものである。


 魔術学園に入学した当初こそ、エマーソンは他人に自分のことを理解してもらう為の努力をした。



 だが、エマーソンは気付いてしまった。



 どうして自分より劣った人間の為に、レベルを合わせる必要があるのだろう?


 苦しみがあった。歯痒さがあった。

 誰もが経験する他人との違いという壁が、天才だったエマーソンには常人より多く現れた。



 気付けば、エマーソンは気力を失っていた。


 

 ダイヤモンドは磨かれなければ輝かない。


 しかし、ダイヤモンドを磨く為には、同じダイヤモンドか、それ以上に硬い何かが必要不可欠だ。


 どんなに才気ある者でも、自分と同等か、より優秀な魔術師に会うことができなければ、もう磨きようがないという閉塞感に繋がっていく。

 

平たく言えば、エマーソンはこの世界に対してどことなく飽いていたのであった。



 だが、そんなエマーソンの|価値観(せかい)は変わりつつあった。 



 エマーソンの価値観を変えたのは、アベルという少年の存在であった。


 ここ最近のエマーソンにとっての楽しみは、アベルという少年を監視して、その実力を測ることにあった。


 しかし、長きに渡る監視作業も今日で終わりを告げることになるだろう。

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