2. 塵芥

「ごめん」と、母はよく言う。

金だけ毟りとって蒸発した父と出会ってしまったこと、性格に難がある自分の母親を頼ってしまったこと、俺に貧しい暮らしをさせていることに対して「ごめん」と言う。




でも、俺は母さんを1度も恨んだことなんてない。むしろ誇らしく思ってるくらいだ。


女手一つで俺をここまで育て上げ、この辛い現状でも俺にキツく当たる事をしない。精神状態がどれほど酷いものか容易に想像がつく、もうとっくに根を上げていても可笑しくないくらいだった。けど今もこうして働いてる、それだけで凄く誇らしかった。


「ごめん悠、スーパーの特売に間に合わなくて...」


「いいよ母さん。ほら婆ちゃんコレ、バイトからパチってきたやつ」


そう言って俺は手に持っていたレジ袋を机の上に置く。そしてその中身を外に出すと、そこにはキッチンペーパーに包まれたフライドチキンがいくつか入っていた。


仕事をこなす途中で余分に作っておいたモノ、多分店長も俺がしてる事に気づいてる、でも指摘することはしない。たかだか数個のフライドチキンより、俺がここからいなくなる事の方が損失が大きいから。そういう歪な関係で社会って成り立ってるんだなと感じた。



「あんたは気が利くねぇ。不味い飯しか作らない里穂りほとは大違いだよ」


母さんは料理下手ベタじゃない、単純に材料が質素なものしか無かっただけだ。それを知りつつ嫌味を言う祖母を、母と俺は呆れたような顔で見つめていた。





「国からの給付金、実は貯めてあるんだ」


祖母が寝静まった頃に、母さんは俺にそう話しかけた。


「今度誕生日でしょ? 今まで出来なかったけど、やっと悠の誕生日祝える」


「...別にしなくていいよ」


今まで1度も誕生日というものを意識したことがない。盛大に祝ってもらえるのは嬉しいけど、俺はそれに掛かる費用のことで葛藤していた。もっと他に金を掛ける場面があるんじゃないかと。


「私がしたいの、だからお願い」

「それにね、そんなにお金かけるつもりはないよ。大半は悠の大学費に取っておきたいから」



大学なんて行けると思ってなかったので、俺は唖然としていた。誕生日の祝いと同じ気持ちだ。俺は嬉しいけど、家族はそれでいいんだろうかって。


そうして3日後に迫った俺の誕生日は、ささやかにも俺にとっちゃ豪勢な催しになる事が決まった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「これ、余ったのだから貰ってよ」


そう言って手渡されたのは、可愛らしい弁当箱。俺の家事情を知ってる愛梨は、度々こうやって手作りの弁当を作ってくれていた。


「ありがと」

「なんかいつもごめん、今度なんかで返すよ」


「いいよ別に、そういうのじゃないから」



遠巻きから俺たちの噂をする声が聞こえる。それもそうか、3年に上がったばっかなのに手作りの弁当渡してるなんて、デキてるとしか思えない。


...なんで俺に優しいんだろ...。

幼なじみだから? そんなの漫画の中だけだろ。だとすると余計分からなくなる、俺に気でもあるのか?



「無意識」から「意識」した状態へと変わる。

恋をする最初のプロセスは相手を「意識する」こと。幼なじみでしか無かった愛梨を、初めて異性として認識した気がした。


俺だって恋の1つや2つしてみたいもんだ。

だけど如何せんそれには金が掛る。カネカネカネ、俺の身の回りには金があれば解決できる悩みが多くある。



「おばさん最近元気にしてる? 最近見掛けないから心配なんだよね」


「まあ何とかやってるよ。お前母さんにそんな思い入れあったっけ?」


「ある、めちゃくちゃある」


母さんと愛梨はそんなに接点があるようには見えなかったが、彼女は何か思うところがあるらしい。



「おばさんめっちゃ美人だな〜って初めて見た時から思ったね。ありゃ10年に1度見れるか見れないかだわ、環奈レベル」


「なんかチョイスがちょっと前の人みたいだな、お前」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



バイトを終えてあとは帰宅だけという状態、帰り道に俺は小さな公園へと入っていった。この時期は桜が満開になる時期であり、公園内は街灯に照らされた夜桜がとても映えている。


「おじさん久しぶり」

「どうだった? 収穫は」


そうしてベンチへと座っているホームレスの隣へと座り、初対面と思えない口振りで話し始めた。


「あぁ、悠くんか」

「今はどこも受入人数を減らしててね、全くダメだったよ」


「やっぱりコロナがキツいね、経済循環の波的にもこの後は芳しくない状況が続く。もう習ってるんだっけ? ジュグラーとかキチンとか」



おじさんはコロナ禍で職を失った人の1人で、次の職を探すためにこの場所で寝泊まりをしている。ホームレスと言ってもおじさんは小汚い感じは一切しない。俗に言う「究極のミニマリスト」ってやつで、公園にある設備や近くにあるコインランドリーとかを利用して清潔感を保ってる。


「今は前の職で出会った仲間のとこに顔出て稼いでる感じかな。前がマルチに活動してたってのもあって、色んな業種の人と仲がいいんだ」


なぜ俺がこの人と関わってるか、それはこの人が真に優れているから。


「おじさん、これあげるよ」

「今日友達から貰った弁当。家族にあげる予定だったけどあげる」


今はホームレスだけど、この人はそのうち底をはい出て来るという確信がある。


「...ホントにいいの?」


「うん」


「分かった、ありがとう。誠意を持って綺麗にしとくよ、明日の朝にここに来て」



だからこれは先行投資。


「この恩は絶対忘れない」



祖母をクズ呼ばわりしてたけど、今の俺も立派なクズだなと思った。

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