3. リズ

私は生きるためならどんな事でもしてきた。


乞食だって、盗みだって...たぶん身体を売ることだって出来る。なんで生きたいのか分からないけど、私にはこの世の誰よりも生存本能があった。



「生きる理由がないから死ぬ」とか言う人を見てきたけど、私にとっては理解できない理由だった。だって「生きる理由を探すために」生きていけばいいんじゃないの? 私にも死にたいと思った時はあるけど、その時は同時に一矢報いてやるって気持ちも湧いてた。


生きる理由なんてなんでもいいと思う。

自堕落な生活がしたいとか、性に開放的でありたいとか、人に迷惑を掛けたいとか、その行為を咎められることはあっても、その人が生まれてきたことを否定することは誰にも出来ない。



...こんな事を考えられるのって、余裕が出来たからなんだろうなぁ。


なんの運命か、私は国中で悪魔と称される男と行動を共にしている。出会った時は理不尽な目にあったけど、今では夢に見てた普通の生活をするまでになった。



今こうなってるのは彼の優しさのおかげ?

いや、それは絶対に違う。私は有用な駒として残ってるだけ。


でもそれでいいの。

私も彼を利用する。生きるという願望を満たすために彼を踏み台にする。まあでも、いつかやりたい事を見つけるのもいいかも知れない。



その時までに、彼の事を考える度に感じるこの違和感とも折り合いが着いていればいいけど...。






『倭国』の旅館へと向かう道中、休憩も兼ねて小国に留まり宿をとる事にした。時刻はもうすぐ夕暮れ時、こういう時必要になるのはやっぱり食事だと思う。


色々とあって今の私たちは追われる身、外で食べるのも避けたい、となったら残るは自炊のみとなる。そして今私は料理研究中。この機会を逃さない為にも、イリス提案の元私が今日の夜ご飯を作る事にした。



最近の私は凝った料理にとても興味がある。

そして今日作るのは、あの知識だけあるくせに料理ができないポンコツから教えて貰った...「あくあぱっつぁ」だぁ...。


一度食べた時から忘れられないあの味、私はそれを今日ココで呼び覚ます。


それに...ウチの男連中は料理が出来る、それに比べて私たちはどう? 片方が絶賛料理研究中で、もう片方が調理法だけ知ってるポンコツだ。ダメでしょ流石に、私そこまで堕ちたくないんだけど。


そんなこんなで今は材料を買出し中。

宿は台所を貸してくれる所にした...あれ? なんか既視感がある展開だな...。


『アクアパッツァはイタリアのカタルーニャ州発祥だ。魚料理だと思うだろうけど、本当の主はスープ、だから主張の強い赤身魚ではなく白身魚を使う』


「いたりあ」? 「かたるーにゃ」?

はぁー、なーに言ってんのかサッパリ分からんわアイツ。という事で多少の自己流も加えてみることにする。



えーっとナニナニ?

今あるのが鯛、小さめの赤茄子トマトニンニクか。香辛料とかは宿にあるらしいから、あと必要なのは浅蜊アサリぐらいかな?


そう考えながら大通りを歩いていると、裏路地の方から人の声が聞こえてきた。気になるような声の大きさじゃなかったけど、裏路地というだけで私の意識が自然と向いてしまう。


「おい! 匂いが通りまで届いてんだよ! 乞食すんならもっと場所移せや!」


殴られ、そして蹴り倒される少年。

歳は私と同じか少し下ぐらい。周りの通行人と同じく見て見ぬふりをすることも出来るけど、勿論私がそんなことするはず無かった。



「ちょっと、どいてよ。邪魔なんだけど」


「こっちは慈善活動中なんだけど、君は俺らになんか用?」


「アンタたちじゃなくてそこの男の子に用があんの。だから何回も言ってるじゃん、って」


分かりやすい挑発を受け、額に青筋が浮かぶ男。もうすぐ殴りかかってくるのは目に見えていた。


「チョーシのんじゃねぇぞ!」


やっぱり殴りかかってきた。

かたや私は両手に大きな紙袋を抱えている。受身が取れない女の子に殴り掛かるなんてサイテーな男だわホント。


「...っえ...?」



まあ...普通の女の子相手だったら、だけど。


『視線』の力で男の身動きを止める。あの規格外だった魔女に比べれば、こんな男一人くらい目で縛り付けるのは簡単だった。


「体が自由になったらすぐ逃げた方がいいよ? から」


そうして私は心の中で念じる。


『ファウスト、顔を見せて』



滅びたはずの魔物が一体、何も無い空間から顔を覗かせる。その醜悪な顔を見た男は、拘束が解けるとすぐに何処かへと逃げ出していった。


『何かあった? ファウスト使ったでしょ』


『なんにも。変な男をビビらすために使っただけ』


『そんな事で使わないでよ...。僕がビックリしたよ全く』


私は怯え切った表情の少年に近づき、食材を買うはずだったお金を地面に置く。


「このお金は節約して使いなよ? 私は慈善家じゃないから何度も助けない」


いつの日か言われた事をそのまま少年に言い、私はその場所を後にした。






あのお姉ちゃん、元気にしてるかな。

あの人がいなかったら、たぶんアイツに会う前に餓死してたと思う。そんな命の恩人であるあのお姉ちゃんだけど、あれ以来一切姿を見たことがない。


いつか会ってみたいとは思うけど、手配中の私が会ってもいい迷惑だと思う。



...そうだ、決めた。

少しでも早くこんな状況から抜け出して、まっ更な状態でお姉ちゃんに会おう。


そのためには、今抱えてる問題を全部解決しなきゃいけない。


「...っよし!」


出来た。

これが私の「あくあぱっつぁ」。


「アサリ抜きか、アレンジしてきたねぇ。どれどれお味は...」



「リズ、美味しいよコレ」


「やったじゃねぇかリズ! これでポンコツは一人になったな!」



ふぅ...。

どうやら私は天の才らしい。自己流マシマシなのにこんなに美味しく作れるなんて...自分の才能に嫉妬してしまう。


「もう分かったでしょ? 私は皆とは料理の才が違うの。これからアンタたちの胃袋を支えてあげるのはこの私、いい?」






というのが一昨日の話。

それから本当に私が料理担当になり、私は調子に乗った挙句自己流で料理をし始めた。


結果は?

言わなくてもわかるでしょ。




食えたもんじゃない。


凄く反省してます。

暫くは男たちに料理を作ってもらおうと思いました。

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