閑話休題
1. ベン①
結構な距離歩いた気がする。
位置としては、アイツらの故郷とエデルとを結ぶちょうど中間地点、小国を二つ越えた所にイリスの言う宿があった。
「さあ着いた。ここが『倭国』、もとい日本の誇る叡智の結晶が詰まった建物だ。この場所の事を、有識者は『旅館』と呼ぶ」
確かに独特な造りをしてるな...。
大部分が木で出来てる。見た感じ使われてるのは杉、
「外観も立派だけどね...中はもっと凄いと思うよ? たぶん驚きすぎて腰砕けるんじゃないかな?」
腰が砕ける? イリスめ、俺たちを骨の弱いジジババと一緒にしてやがるな? 確かに***の中身はジジイなんじゃないかと最近疑っているが、流石に違うだろ。
「イリスがそう言うんだ、楽しみだね」
***は呑気にそう言う。
神父のやった神の如き御業を見ても腰を抜かさなかったんだ、この平凡な建物の奥にそれ以上の光景が広がってると思うか? 俺はそう思わない。
「賭けようぜイリス。俺が腰を抜かさなかったら今夜の晩飯は全部お前の奢り、腰を抜かしたら俺の奢りだ」
「私はいいけど...いいの? 今のキミ敗北三秒前の悪役みたいな事してるけど...」
「なに訳の分からんこと言ってんだ。晩飯奢る準備しとけよ!」
俺は意気揚々と旅館の中へと入っていった。
*
「あぁ...俺の全財産が...」
なんだこれは?
絵が動いてるのか? それとも壁の向こうに人がいるのか? 全く分からない、未知が至る所にある。
「だから言ったのに...。あっちの世界から来た私ですら驚いたんだよ? キミが腰抜かさないわけないじゃん」
「凄いね...コレ...」
***やリズは腰を抜かすほどでは無いものの、あまりの情報量に立ち尽くすだけだった。しかし不甲斐ないな、まさか腰を抜かしたのが俺だけだとは。
「転移者には日本人が多いって聞いた事あるでしょ? でもこの辺りではあまり見た事がない、それは何故でしょう」
「正解は、そのほとんどが『倭国』にいるから、でした。自分の故郷に近しい場所があったらそこに住むのは当たり前だよね」
「以前話したね、『この世界は中世盛期に似てる』って。基盤としてはその表現が正しい、その土台の上で色んな文化が存在してるってワケさ」
前からコイツと行動を共にしてる二人は既に聞いたことがあるらしい。中世が何なのかは分からんが、言わんとしてることはよく分かる。
「私たちのいた世界より劣る部分は多々あるけど、『文明力が劣っている』とは一言も言ったことがないよ」
「国の政策上、国外にヒトや技術が流れ出ることは殆ど無いからね、馴染みがないのも頷ける」
「この『倭国』の持つ技術は、とっくの前にあちらの世界を越してたってわけさ」
*
どこに行っても、湯船に浸かるってのはいいモンだ。
初めて見る異国の浴槽で、俺と***は疲れからか溜息を漏らす。すると何処からか扉の開く音が聞こえ、イリスとリズの話し声が聞こえた。どうやら後ろの仕切り一枚隔てた先に女湯があるらしい、珍しい構造だな。
『かー! 良い湯だー!』
二人してそんなことを言うのが聞こえる。
なんだろうな...俺の中の何かが崩れていった気がする。聞こえないことにした方が良かったのかもしれない。
「そう言えばさ、ベンは何かしたい事ってある?」
「成り行きで行動を共にしてる感じがしてね。何かしたい事があるんだったら聞かせて欲しいんだ」
随分急だな。
「確かにお前から見たらそうかもしれない。だけどな、俺はお前に着いて行きたいから着いて来たんだ」
俺を誕生させ、世界を裁き定めようとしていた神父を止める事だけが俺の目標なら、俺はとっくの前に離脱してた。
「神のいる塔でのことを覚えてるか? 俺はあの場所で665回死んだ。俺が死んだってことは当然お前たちも死んだ事になる」
「その莫大な死の経験を通じてお前の本性を暴こうとしたが...無理だったよ。お前は一度味方だと決めた人間にはとことん甘いらしい」
665回死を繰り返した時も、***は一度も俺を見捨てなかった。むしろ俺に全てを託していた、出会ってから一日も経ってないのに。
「類を見ない程のお人好しかと思ったら、町を一つ滅ぼした悪魔ときた、そんなチグハグな奴が何をするのか見てみたいに決まってる」
それにな...。
「俺はあの二人の仇を取らなきゃいけない」「二人を家畜以下の存在に仕立て上げたクズ野郎を殺さなきゃいけないんだ」
あの時は探せなかったが、今ならあの男を見つけることが出来る。二人を売り捌いたクズも、奴隷市場を展開しやがったあの男も、皆まとめて殺してやる。
「そう...。じゃあ情報を集めないとね」
***は微笑むようにそう言う。
「その前に、まずはメアリー・スーだろ?」
俺も返すようにそう言った。
『おい! 今コッチ覗いただろ! ぶっ飛ばすから出てこいオラァ!』
突然リズが俺たちの方に向かってそう叫ぶ。
「...なんか覚めたな」
「...だね。もう上がろうか」
...ん?
「おい。覗いてたっていうのあのガキの事じゃね?」
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