10. 残存

「今回の惨劇を引き起こしたのは、『契約』を冠する者だったそうです」



「それを知った私は自分の不甲斐なさに憤りを感じています、それは皆さんも同じでしょう。この国は一人の少年にまんまと出し抜かれた」


かねてより悪行の限りを尽くしてきた『契約』、ソレを殺せるのは世界でも私しかいません」


なのでどうか、皆様の力を私に貸していただけないだろうか。



王宮中に拍手や歓声が響く。

彼の演説を聴いた来賓たちは、最後の問いに対する返答を拍手で返す。彼の実力を疑問視する人や家族を失った憤りを彼へと向ける人もいたけど、それらは大多数の拍手によって消えていった。


「あー疲れた」


疲労困憊といった様子の彼は、至る所に置かれている葡萄酒の一つを手に取り一気に飲み干す。


「なんでこの時期に催し物なんか?」



「...今回の一件で王政の信頼は大打撃を受けた、だから俺を利用することによって忠誠心を固めてる。今の王政じゃなきゃを縛り付けることは出来ないぞってね」


「ここに集まってるのは貴族連中と名のある商人たちに...まあとりあえず、この国の権力者たちが揃ってるって事だ」


そう話していると、私たちに近づいてくる人を発見する。その顔は憔悴しきったように見えて、とてもじゃないけどこの場の雰囲気とは合っていないと思った。



「リュカ...」


リュカ・シモンズ。エドガーと同じ調査局所属で彼に想いを寄せていた...ロイの妹だ。


この傷は大き過ぎる。

一生傷跡が残り続けるか、癒えるのにだいぶ時間が掛かると思う。



変な思考に陥らなきゃいいけど...。


「リュカ、俺の手を握って」

「レイは彼女を支えてあげて。いつ倒れるか分からない」


私は彼女の肩に手を置き、今にも倒れそうな体を支える。縋るように手を握る彼女は、少しだけ顔色が変わったようにも感じた。たぶん『抑鬱』を使ったんだと思う。


「さ、聞かせて? 何があったのか」


リュカは言葉を絞り出すように、ポツポツと話し始めた。彼はもう『知識』として持ってるのに、あえて話させた。


「あの日、私は...............」




話し終えたリュカを自宅まで送り届け、私たちもノラとソフィが待つ家へと向かう。


「エドガーが死んだって聞いた時笑ってたけどさ、悲しくなかったの?」


彼は私がその質問をするとは思わなかったようで、意外そうな顔をして答えた。


「悲しいよ、復讐を成したいくらいにはね」


「でもね、それ以上に驚いたんだ。少し前に撃退したと思った『契約』の魔女が、子供に呪いを託して死んでくなんてね」



「ヴァリダ森林に向かう時にあった少年のこと覚えてる?」


夜も老け、民家の灯りも次第に減っていく。大通りを歩く私たちを照らすのは、どこまでも続いている街灯の灯りだけだった。


「物凄い顔でアンタのこと見てた子よね? なんで急にあの子の...」


「あの子が『契約』を持ってる」


唐突に衝撃の事実を明かされ、私は一瞬だけ思考が停止していた。『契約』の魔女がいた村の子供が力を受け継いだとは聞いてたけど、まさかあの子だなんて...。


「あの時ね、運命的な何かを感じた」



「この子が最後の鍵だったんだって、あの子さえいればって直感的に思ったんだ」


「それがまさか『契約』の力を託されてて、エドガーやロイを殺すとは思いもしなかったけどね」


綺麗な夜空に綺麗な街並み、だけど私は薄気味悪さを感じた。


「それで? その子の居場所とかは分かってたりするの?」


「それがね...上手くよ。リュカの『索敵』にも引っ掛からなかったし、『知識』でも分からない」


「逃亡者の中にイリスがいたらしい、そりゃあ『知識』の弱点も知ってるはずだ。アイツほど厄介なやつもそうそういないからね」



『知識』の弱点、それは恐らくの事だろう。


知識を新しくする為には、必ず誰かに触れなければいけない。それは触った人も触られた人も同様で、体に触れなければそれ以降の知識は得られなくなる。


つまりは、一度も人と触れ合ったことの無い人間の情報は分からないし、そこで情報が途絶えることになる。彼が分からないのなら、要所要所で関わってくる人間が殺されてるということだ。



だから、あの少年の居場所は誰にも分からない。


「早く帰ろうか、明日からまた忙しくなる」


「そうね、あの子の事も気になるし急ご」



この国には混乱と憎悪だけが残った。

何となくこの時から気づいてた、募った憎悪がやがてどうなるのかを。

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