答え合わせ

8. 誕生

「この子何歳?」



「13」


...はぁ。


「足止めってのは分かってるけど...アレはさすがに大人気ないわ」


疲れ果てた私たちは木へともたれ掛かり、各々が自分の傷を癒している。


「しょうがないさ、に殺せって言われたんだから」


「極限まで追い詰めて人格を壊す...思い直させる必要があった。実際、彼女は眠る直前に自分の行いを省みてたよ」


そう言う彼の傷は戻っていなかった。

ここまで傷ついた姿を私は見た事がない。今までで一番相性の悪い力だった気がする、世界も広いんだなと思い知らされた。


「最後の一連の動き、アレって結局何だったの?」


「あー、アレ? ちょうど君がもたれ掛かってるソレの欠片だよ」


そう言って彼は私の後ろにある木を指さす。



「渋谷に送られる前に少しだけ拝借しといた。『触手』の力は色々制限があってね、あの状況では木からしか手を伸ばせなかったんだ」


「その後は簡単、足裏の鎧を貫いて『睡眠』の力を使った。あの鎧さえ剥がせれば勝つ方法はいくらでも出てくる」


そうして彼は一息つき、再び話始める。


「ユイとしての彼女は。これからは...愛のある環境で真っ当に育って欲しいね」


「誰が育てるの?」



「もちろん俺たち」


...声が出なかった。

ノラと私と彼? この世で一番教育とか家庭って言葉に縁遠い存在じゃないの?


いや、でも一人っ子だったから妹とか欲しかったし...。


でも仕事で忙しいし...。



それに、


「...本当にいいの?」


「ん? あぁ...その事だけどね」




「悪魔、俺の脾臓ひぞうを捧げる。だからこの子の持つ『異界』を俺に移して」


突然のことで口が塞がらない。

そんな私を他所に、臓器を一つ失った彼はすぐさま血を吐き、体が少しよろめいた。


「ちょっと! 失ったら...アンタもう...」


「...大丈夫だよ。だいぶ前から病気とは無縁の体だし...失ったところで支障はない」


そう強がってはいるけど呼吸が乱れているのが分かる。というより、今までの「異能狩り」の分を含めると...彼の体にはほとんど臓器らしいモノは残っていなかった。


「...どうしてそこまで?」



「これも何かの運命だ。この子だって少しぐらい幸せになる権利はあるはずだよ」


「そ...」


ふとノラの方を見ると、さっきまで深く息を吸っていたと思ったら静かに寝息を立てていた。働きずめの身体でここまで来たんだ、その疲労はとんでもないものだったんだろう。


「さ、行こうか。いつまでもここにいる訳にはいかない」


「ノラは俺が運ぶよ。レイはその子をお願い」



そうして私たちは外を目指して歩き出す。

彼が迷わず出口の方向へと歩いていくので、私は安心した気持ちでついて行く。


森の奥深くまで潜ったせいか、帰り道が物凄く長い。だけど、この子のことを考えると辛さなんて吹き飛ぶ。さっきまで殺し合いをしてたはずなのに...今はそんな事なんて忘れて静かに眠ってる。ズルい様な気もするけど、そんなこの子にいつの間にか愛着が湧いていた。


「あれは...」


「森の精が俺たちを見送ってくれるらしい。結構気が利くね」


森を歩いていると、動物たちが私たちの周りへと集まり、同じようにして歩く。そして、いつの間にか森の精が私たちの前を歩いていたのに気づいた。



「ご無事でしたか!!」


しばらく時間が経ったあと、馬車で待機していた御者がそう声を上げる。森全体に見送られた私たちは、無事とは言い難い体でこの場所を後にした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「...っえ!? 私が一児のハハ!?」

「一体私が寝ている間に何が行われて...」


「変な言い方止めてよノラ、一般的な家庭とは状況が違い過ぎるでしょ?」


馬車の中で目覚めたノラは真面目な顔でそんなことを言いだす。もしかして...まだ寝ぼけてる?


「...そうじゃん、そう言えばこの子はどうやって育てるの? 普通の家庭じゃないなら国が監視することになるけど」



「そうだね、俺たちが拾ってきた子供なんて色々と注目を浴びるはずだ。期待を掛けられ、羨望の眼差しを向けられ...俺と同じく誰かに憎まれることになるかもしれない」


「だけど...この子には普通に生きて欲しいと思ってる。身分や肩書なんて関係ない、普通の女の子として生きて欲しい」


...か。

私を象徴するはずだった「普通」。ある日突然その言葉は消え去り、私の周りは常に「非日常」で埋め尽くされることになった。そのことを思い返しながら深く考える。


「日本」という世界で、少し前までの私がどうなるかを見た。「普通」に慣れ切った人たちはいつしかその有難みを忘れてしまった。もし私が彼についていかなければ、私はあんな感じになってただろう。



まあでも...




新しくこの子には、「普通」に疑問を抱かない日常を送ってほしいな。

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