2. 森林

「...そんなにさっきの子が気になる?」



上質な馬車に乗り外を眺めていると、彼は唐突にそう言ってきた。


「何の話?」


「萎れた花を売ってた銀髪の女の子のことだよ、レイにしては珍しく気にかけてた」


動物でも使ったのか他の力なのか...どっちにしろ悪趣味だ、全部を覗かれるというのは気分のいいものじゃない。


「覗き見は良くないと思うけど?」


「悪かったよ、遅かったからどこにいるか確認したかったんだ」



「それで、どうする? あの子一人くらいなら匿うこともできるけど」


確かに私たちならあの子を保護できる、人並み以上の生活もさせてあげられる。でも


「やめとく」


「ただ善意を振りまくだけじゃあの子のためにならない。優しさを与え過ぎて死んでった人たちを...アタシは何度も見てきた」



あの国で唯一嫌いな部分、だけどそれは絶対に直すことが出来ない。


みんなが笑顔で手を取り合うなんて絶対にできない。貧富の差を取払ったって、どこかで必ず誰かが悲しんでる。


「俺も本音を言うと引き取って欲しくなかったかな。あの子以外なら平気で引き取れるんだけどね」


「なんであの子は引き取れないの?」


「なんでってそりゃあ...」


言葉の続きを言おうとした瞬間、不意に馬車が止まる。そこまで速度は出てないものの、車内は少し揺れる。


「...っアタ!」


贅沢にも横になって寝ていたノラが衝撃で床へと落ちる。仕事では凛々しく見えるけど、それ以外ではだいたいこんな感じだ。小動物のような可愛さがある。


「何かあった?」


座席から立ち上がり、彼は慌てふためく御者ぎょしゃへとそう尋ねる。


「は、はい。農民が道を横断しているのに気が付きませんでした...すみません」


「いや、いいよ。次から気をつけて」



「驚かせてしまってすみません」


親子で出稼ぎに行くんだろうか。彼は二人に向けて謝罪すると、目の前にいる少年のことをじっと見つめていた。


その表情は分からない、私には呆然と立ち尽くす彼の後ろ姿しか見えなかった。


「いえいえ、こちらこそ不注意でした!」


「おい、行くぞ。これ以上あの方の邪魔をしちゃいかん」


彼の表情こそ見えないものの、私は少年を見て大体を察した。いつも見慣れた体のいい笑顔ではなかったから、思わず私も見入ってしまう。



少年のした表情を表すことが出来ない。

だけどその表情には、得体の知れない憎悪の感情が含まれてると思った。





「働き詰めで疲れる、唯一の休息をこうやって邪魔される、落ちた時に変な所をぶつ...もう私は床で寝るしかない」


そう言い残し、ノラは床で寝ていた。


「一応高い身分なんだからやめてよはしたない。ていうか背中踏むよ?」


「...私はいつだって、貧民の心を忘れた事はない...。ていうかこの床...いい、かも」


聞こえてたのか、もう寝たと思って返事は諦めてたのに。そうして彼女は完全に眠りに入った、多少なりとも車内は揺れてるのに眠れるなんて...貧民は凄いな。


「ノラは相当お疲れみたいだ」


足場のやりどころがないのか、両膝を抱えて座っている。私みたいにノラの背中に足を乗せればいいのに...。


「そりゃそうでしょ。アンタのやるべき仕事をほとんど引き受けてるんだよ? こうもなるわそりゃ」


「失敬な、俺にもっていう大事な仕事があるんだよ? 申し訳ないとは思うけど頑張ってもらわなきゃ困るね」


そう、この国はあまりにも彼に依存しすぎてる。絶対的な抑止力があるからと慢心しているんだ。もしソレを失ったらどうなるかなんて考えたこともないんだろう、浅はかで安直な思考だ。



そうして思い思いの時間を過ごしていると、目的地に着いた馬車は動くのを止める。


「ホラ起きて、目的地に着いたよ」


私はノラの頬を軽く叩き、強引に彼女を起こす。項垂れながらもなんとか起きた彼女は、寝言を言いながら外へと出ていった。




「...ひろ」


広大な森林が辺り一面に広がる。樹高が高い木々が生い茂り、森の中は暗く先が全く見えなかった。


「そう言えばここ来るの初めてだったっけ? じゃあ紹介するよ」


「この世界でも有数の大森林。この中には数多くの動物や植物が生息してる、一種の世界とまで言える程に」



「そして俺たちが探す『異界』もこの中にいる。楽しい限りだ」

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