2. 残酷

「毒?」


アイツの疑問も分かる。

俺たちの知っている毒は、食べ物に混ぜたり飲ませるモノだからだ。それが目に見えず摂取もしていないのに効力を発揮するなんて聞いたことがない。



「毒ガス、または化学兵器って呼ばれててね。人類は知恵を付けていくにつれて、毒を使った効率的な殺し方を研ぎ澄ましてきたって訳さ」


「ひとたび吸い込めば、たとえ少量でも死に至る。私たちが呆気なく死んだのなら、恐らくは即効性があり神経系に働きかける毒」


「まぁ推察しても意味が無いことだよ。その毒が判別できるモノである保証がないし、この世界はまだガスマスクを生産できる時代にない」


イリスは参ったような手振りをする。

つまりはあの二人組と相対してから死ぬまでの僅かな時間、その時間で二人を無力化しないといけないという事だ。普通に考えて出来るわけが無い。


「階層の壁を壊して息をしやすくするのは?」


「安直な考えだけど私は好きだよ。寧ろそれぐらいしか手がないとも言える」




「力の内容に見当はついてる。の為にも、多くのことを考えて試してみようじゃないか」





塔の階段を絶え間なく駆け上っていく。

冷ややかな肌触りを覚え、いつの間にか見慣れた階層ではなく、鉄格子が雑多に並ぶ階層へと辿り着いていた。


「ファウスト、腕」


巨大な腕が現れ、階層の壁を破壊する。陰鬱な、息苦しいさを感じる空間が瞬く間に澄み切ったものへと変わり、壊れた部分から見える景色は想像を絶するものだった。


「お前ら一体何者だ? 『毒』の転移者にしてはずいぶんくたびれた格好だな」


俺が話を切り出し、ヤツらの注意を引く。

少しでも時間を稼げれば、あとは『移動』を使って体内に刃を送り込むだけだ。その為に俺は出来るだけ注意を逸らし続ける必要がある。



「私はシャルロット。こっちは私の兄、ヴェイル」


一か八かだったが、まさか食いつくとは...。


「????、??????????」


「律儀に名乗る必要はないって言われても...聞かれたら答えるのが礼儀でしょ?」


唸り声のような音が聞こえてくるが何を言っているのかさっぱり分からない。シャルロットはそんな兄の声をいとも容易く聞き取り、会話を成立させていた。



突然、彼女が身につけていた首飾り、その碧く光る宝石が弾け砕ける。その光景を見たイリスは軽く舌打ちをした。


「想定外だ、あの二人『加護』の首飾りを身につけてる」


「不意打ちや飛び道具が効かないってことだね、僕も手応えのなさを感じたよ」


そのやり取りを見たシャルロットは先程までの態度を一変させ、忌々しげな顔をして俺たちを見つめる。


「ふ〜ん、そういう事するんだ」


「私、貴方みたいな人嫌い。久しぶりにお兄ちゃん以外の人とお話できると思ったのに...こんな形で裏切られるなんて...」



「ほんと、腐った心臓してるわ。あなた」



途端、***は死に至るほどの血を吐き、力をなくしてその場に倒れる。そうして気づく、『毒』の力を見誤っていたことに。



毒舌、毒を吐く。

物質の全てが有害であると同時に、


「っクソが!」


失敗だ。『毒』の魔の手がこちらへと向かう前に、俺は早々に意識を手放した。





様々な死、様々な試行を繰り返して見えてきたのは「詰み」という言葉だった。


圧倒的有利に設定された場所、それを最大限に生かす力。打破する糸口すら見つからないほどに、この塔は全てが完成されていた。俺はアイツを殺そうとした時と同じような、途方もない感覚を味わっている。




何回目かの試行か忘れた頃、いつものように情報を説明していると、予想外の返事が返ってきた。


「...決めた、この国は諦めよう」


「本当にいいのかい? 『創造』はまだですら得てない力なのに」


「それよりも死なないことのほうが重要だよ。話を聞いてる限りじゃ今の僕たちに勝ち目はない、無謀すぎる」


この国に執着していると思っていた、今まではどんなに不利な状況でも諦めることは決してしなかったから。


そう思っていると***は俺の方を見て、哀れみを含んだ表情をする。



「僕の生き死にも大事だけど...一番はベンだよ。その顔を見れば何があったか分かる、もうそんな事はしなくていい」




翌朝。

予想外の事に驚くリズを連れて、俺たちはこの国を後にする。今まで見てきた景色、繰り返した試行のことを考えると、なんだか呆気ない気もする。


「ほんとに良かったの?」


「心配症だね、リズは。大丈夫だよ、ベンが仲間になっただけでも儲けものだ」



「少し寄り道をしよう。僕の生まれ...」




なんだ? 何かがおかしい。

なぜアイツの腹に刃物が刺さっている? なぜその刃物を


「...やられた」


刺した刃物を力強く捻り、完全に絶命させる。イリスはそんな光景を見ながら、見て分かるほどに悔しさを露わにしていた。


「やめろ! やめてくれ...!」


「なんでだ...。どうして俺の体が勝手に動くんだよ...!」


声が震え、今が現実かどうかもわからなくなる。悪い夢なら覚めてくれ、一刻も早く。


目の前の光景を直視出来ないでいると、いつの間にか体が動かなくなっていることに気づく。そうして背中に燃えるような熱さを感じ、力なくその場に倒れた。



リズは何度も何度も、一心不乱に俺を刺し続ける。そして***の元に駆け寄り、死体となったアイツを何度も何度も揺さぶった。


「ねぇ...起きてよ...。アンタはこんな所で死ぬ訳ない、だから目を覚ましてよ...」



死ぬ間際、過去へと戻る際にその光景が目にとまる。もうじき死体となる俺の目には、薄らと涙が流れていた。




早く死にたい。

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