8. 知識

「ソイツの処理は任せたよ」



「今更だけど...信じていいよね?」


ホロは見慣れない道具に向かって何かを話している。どうやら『連絡』の力で他の従者たちに増援を求めているらしい。それが終わると、僕に向けて皮肉混じりの含み笑いをした。


「あなたの信頼を裏切れば私が死ぬのに、それでも念を押しますか。酷い人ですね、あなたは」



「ご安心ください。それでは、健闘を祈ります」


そう言ってホロはロイを抱えてどこかへと消える。次第に憲兵たちがこの広場に近ずいてくるのが分かったので、僕も急いでこの場所から立ち去ることにした。




目の前に広がる凄惨な景色も、そのうち綺麗サッパリ消え去る。壊れた箇所はいずれ補填され、血を被った場所は洗い流されるか張り替えられる、ほんとに何も残らない。



でも、死んだ人間は戻らない、二度と。

補填されることも、その人との思い出が消え去ることもない。


愛する人や家族を失った人は当然この事件を恨むだろう、呪うだろう。そしてロイが死んだということをその人たちが知れば、呪いの矛先は当然僕に向くことになる。


あと少しすれば自ずと向けられる憎悪の数々、僕はそれを初めて感じることになるはずだ。




それがどんなものなのか分からないけど...




まぁ、考えるのもめんどくさいからいっか。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



気がつくと、城の廊下で立っていた。

動物たちの視界でしか見たことがなかったので、実際に来てみると感じるものも違う。ライザのいた場所とは違って、日差しが入り込む暖かな内装だった。



そうして僕は扉を開ける。

その先に居るのは『知識』そのもの。


淡い水色の髪に透き通る肌、彼女を一目見た感想は「どこまでも透明な美しい女性」だった。今は椅子に座り足を組み、その水色に輝く瞳で本を読んでいる。


「待ってたよ。随分時間がかかったね...ロイは手強かった?」



「...イリスで間違いないみたいだね。全知にも似た存在だと言われたけど...確かに僕もそう感じる」


「全知」という言葉を聞くと、イリスはその容姿に反して吹き出すように笑いだした。



全知! 全知か!


「それは私を買い被りすぎだよ、キミぃ」


「あー、面白い。という訳で握手してくれない?」


そう言って唐突に手を差し伸べてくる。


「僕に危害を加えない保証は?」


「大丈夫だよ。私に君を殺すだけの力も握力もないから」


とても怪しいが嘘を言っているようには見えない。何かあってもすぐ殺せるようにして、僕はイリスと握手した。


「ありがと、おかげでまた少し知で満たされた」




...じゃあ、早速だけど本題に入ろうか。


「イリス。これから僕に協力するかここで死ぬか、どっちか選んで」



「ん? そんなの協力するに決まってるでしょ」



即答だった。


「確かにこの国には思い入れがあるけど...そんな薄っぺらいものよりも自分の生き死にの方が重要じゃない?」



それに、


「私は『知識』を冠する者として、天命を全うするまで知を追い求めていたいんだ」


「みんな私の力を高尚なものだと思いがちだけど、実際はそうじゃないからねぇ。『知識』の力は、私が触れた人間や物の情報を全て理解できる力。だから君の生い立ちなんかも知ることが出来た、なかなか面白い過去だったよぉ。いくつか消えてる部分があるってことは...いや、今はやめとこう。それをしてしまうと面白くないし、私も興が醒めてしまう。コホン。そしてもう一つ、触れたものが別の何かに触れれば、網の目のように知識が広がっていくことになるんだけど...。これだけじゃ全ての知識を網羅するなんてとんでもない話だよ、全知なんて呼ばれるのも程遠いぐらいにね。アキレスと亀の立場が逆になった感覚だよ全く...。知識はもの凄い勢いで駆けていくのに、私はゆっくりと知識をかけ集めていくことしか出来ない。一生追いつけないのが分かってることほど悲しいものは無い。まぁ私はこの力が大好きだよ? 知識を得るにはそれ相応の代償が必要だからね。新しい概念を発見するには実験と根気が、身近にあることを知りたいのなら好奇心と時間が、大好きな子のことが知りたいのなら信頼と対話が必要になってくるのさ。それを忠実に再現しているこの力は、知識を得る快感を理解してるみたいで...上手く言葉では表せないな、まあ私はこの力が好き。...とにかく、全知というのは私なんかが及ばない程偉大なものなんだ。第一、全てを知り得るなんて本当の神にしか出来ない事だよ。知らなければいけない知識は日々増えていく、誰が今どう過ごしているかとか、どこかの地面がどれだけ沈下しただとか、この世界の学説はどう移り変わっていくのかとか...。こんなに漠然とした情報を私の脳で処理しきれるか最初は心配だったけど、なぜかすんなりと知識が入ってきて驚いたよ。あぁ、こういうの嫌いかい? 私は結構好きだよ、こういうの。例えば君は空がなぜ落ちてこないのか疑問に思ったことは無いかい? 今の君たちは理論建ててこの現象を説明出来るかもしれないけど、昔の人達は本気で子供が思うようなことを何年も掛けて考えていたんだ。...それとも君はこっちの方が好きかな? 君はこの話のあらすじがあれだけ簡素なのはなぜだと思う? 主役は君のはずなのに、なんでか一文、多く見ても二つの文であらすじが完結しちゃってるじゃないか。何でこうなってるかは神のみぞ知るって感じだけど、どうにも気になっちゃうねぇ。あー、なんだかもっと語りたくなってきた。どうだい? 君からも何か言ってみてよ、素朴な疑問でも私は.......」


僕は堪らず刃をイリスへと向ける。


「時間でも稼いでる?」


「そういう訳じゃないんだけど...すまないね。知識人は語りたくなっちゃうものなんだ」


「まぁ安心しなさいな。この部屋に人が来ることは滅多に無いし、他の転移者たちはロイほど頭がキレるわけでもないから」


...どうにも口車に乗せられている気がする。

まあ『移動』の力はもう使える事だし、そう思った僕は一つ気になったことを聞いてみることにした。



「ロイが言ってた神のいる世界ってなに?」


「...それはたぶん現人神あらひとがみのいる世界のことだね。あそこはこちらの世界とは隔絶されてる」



「現人神の他にも神はいるの?」


イリスは今までの茶化すような態度を急に改め、僕の方をただ見つめる。



「ホンモノの神? ソレならいるじゃない」






「そこに」

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