鈍感乙女の、妖怪退治
第46話
八月も終わりを迎える頃になって、まだ行ったことがないから、一緒に行きたいと素直に誘われた先が興福寺だった。あまりにも近いために俺は渋ったのだが、どうしても五重塔が見たいというので、仕方なしに
暑い盛りになるとこの辺りの鹿は涼を求めて、あちこちの涼しい場所へと散るわけだが、特に多いのは道路脇の側溝である。それを見た観光客がビックリ仰天しているのを横目に、ローカル民であるがために、大変に見慣れた光景に若干飽き飽きしながらも道を歩いた。
水瀬は意外にも動物には多少の恐怖心があるらしく、それは一度東大寺前で鹿せんべいのやり方が分からずに、鹿に追い掛け回された事を抜きにしても、どうやら苦手なようであった。
その証拠に、鹿がぬうと顔を近づけてくると、いちいちちょっとこちらに近寄るわけで、俺はちょっと水瀬に近づかれれば、ちょっと離れるを繰り返す。
水瀬は俺の家族には、付き合っているなどという、天竺のお釈迦様も驚く嘘八百を述べているのであるが、実際のところ俺たち二人の関係はというと、ただのサークル仲間止まりである。
しかし、水瀬の方向音痴のせいで腕を組まなくてはならず、さらには妖怪オタクであるがために、俺の周りをいつもちょろちょろとしているわけで、俺からすれば水瀬は、地球の周りをまわっている月のような存在だ。だがしかし、他の人から見れば完全にカップルにみえるというのは、なんとも世知辛い。
これでは、青春を普通の彼女と過ごすという、俺のささやかな願いが叶うはずもない。ましてや誰かに告白などしようものなら、そしてつき合おうものなら、水瀬の邪魔が入るということは、銀河に刻まれた普遍的な宇宙法則の一部であった。
だがそれよりも何よりも残念なのは、告白する相手も、告白される予定もないということである。なんと嘆かわしき我がコミュニケーションスキルの乏しさよ。友情とは、口数と社交性と輝かしいヴィジュアルで決まるのである。
というわけで大学に二年も通いながら、まともに友達さえいない俺にできた、唯一の友達のようなものが水瀬であった。そういうわけもあって、俺は水瀬を邪険にはするものの、本気の本気で鬱陶しいとは思えないでいた。
今日もゆだるような暑い中を、性懲りもなく迷子になりに行くので手を繋がざるを得なくなり、そしていつの間にか腕を組まれて歩く姿はまさしくアベック。
これでは大仏様もにひひと笑ってしまうこと間違いなしであり、まさに青春だぞと、遠回しに言われているようなものであった。
とにかく盆地の夏は暑いわけで、鹿たちもそのほとんどが暑すぎて木陰に逃げ込むのだ。まだ朝の早い時間、俺たちは目的地である興福寺まで、何の変哲もない話をしながら、ゆったりのったりと歩いたのである。
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