第43話
というわけで電車に乗って、駅に降り立つ。水瀬は初めてだったらしく、辺りをきょろきょろと見渡しながら、どこに天狗がいてもいいようにと身構えている。だが、こんな人混みの中に天狗なんぞ居るもんかと、俺は口を曲げたまま歩いた。
一反木綿は俺の首周りが気に入ったらしく、水瀬に巻き付けばいいものを俺に巻きつくので理由を尋ねると、話せる人の方が面白いという単純な理由だった。
それに、女子の長い髪の毛はくすぐったいらしい。そんな薄っぺらい身体にも、触感があるのかとしみじみ思ってしまった。
そんなこんなで歩いていると、平城宮跡への入り口が現れる。入口と言っても、端っこの端っこなわけで、そこからさらに嫌というほどに歩かなければ朱雀門まではたどり着かない。
今でこそ何もないのだが、数千年ほど昔は都だったわけで、そう簡単に都の端から端までを行き来できてしまったら、人が住むには狭すぎるということになる。
未だに発掘作業をしている現場も近くにあり、ここに本当に人が住んでいたのかと疑いたくなるようなだだっ広さの中は、入り口近くが自然公園のような雰囲気になっている。犬を連れて散歩する人や、ジョギングをする人たちがぼちぼち見えた。
「さーあ水瀬。ここなら迷っても大丈夫だ。迷うはずはない、朱雀門までは一直線だからな」
そう自慢げに言い放った俺の腕の皮を、ほんのちょっぴりだけつまむという、悪魔しかできない技で俺を痛めつけてから、水瀬は口を尖らせて恨めしそうに上目遣いで見つめてきた。
「そんな顔するなよ。いつも迷うじゃんか」
「道が言うことを聞かないのよ」
「だからそれを人は、方向音痴とか迷子と言うんだ!」
もうこのやり取りも散々してしまって、漫才の練習かと思ってしまったのだが、今現在お笑いグランプリに出る予定はない。万が一出たとして、そして億が一優勝したとして、その賞金は水瀬の懐に一円たりとももれなくしまい込まれてしまうといことは、まごうことなき宇宙の法則の一つだった。
『ほな、わしが先に行って見てきてあげますわ』
そう言うと一反木綿は俺の首からはらりと離れると、ビュンと疾風の如くの速さで朱雀門まで飛んでいって、あっという間に見えなくなってしまった。
「行きましょう。ぐずぐずしていると、日が暮れちゃうわ」
「水瀬が道に迷わなければすぐ終わる」
それに思いっきりつねられて俺は悲鳴を上げた。水瀬はそんな俺にお構いなしに、腕を巻き付けて引っ張るようにして進んだ。つねられ損である。
真っ直ぐで何もないただただただ広いだけの道を、俺は主に水瀬への恨み辛みをやんわりとオブラートに包みながらも、ひたすらに丁寧に申し上げ奉りそうろうした。
対する彼女は俺のことは、ほぼ無視だ。空気と思っているに等しく、全く聞く耳を持たずに妖怪のことを話すわけで、朱雀門に到着したときには一体何の話をしていたのか誰にも何も分からなかった。
「ずいぶん大きいのね」
「まあ、門だからな。それも、古代の都の門なわけだし、立派じゃないわけにはいかないだろ?」
「それもそうね。ところで、天狗はどこにいるのかしら?」
それに俺と水瀬がきょろきょろしていると、屋根の上からぬーんと一反木綿が顔を出して『こっちやでー』とガラガラのだみ声で呼んできた。
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