布切れだって、自由になりたい

第37話

 さすがにレポートを仕上げないと、まずいことになるぞと思った俺は、仰々しくも学生らしい服に着替えて家を出る。それは、夏休みも半分を過ぎた頃であり、電車にガタゴト揺られ、バスにゆらゆらと揺られて学び舎へと赴いた。


 俺の家に居候の如く居座っている、学校一の美少女の異名を持つ学校一の変人水瀬雪が、借りているというアパートに帰ったときのことであった。


 つかの間の平穏に俺の心が躍ったのは言うまでもないのだが、それと同時にレポートを仕上げなくてはという気持ちがせりあがり、いそいそと俺が向かった先は学内の図書館である。


 それなりに所蔵も多く、レポートを書くくらいであれば、文献の三冊ほどを入手すれば大丈夫と思われた。検索のパソコンとにらめっこしていると、どうやら図書館内のあちこちに借りたい本が散らばっているようだ。


 情報の印刷をかけて、分類番号をたよりに本棚の隙間を歩いていく。最後の一冊を探そうとしていると、どうやらそれは二層書庫にあるようだった。


 あまり二層書庫には行ったことがないので、物珍しいところに入る気持ちで向かう。そこにも所狭しと本が並んでおり、鉄製の階段で上と下とに行けるようになっている。


 目当ての本を探すべく俺が書架をきょろきょろしていると、何やら天井付近でひいらりひいらりと白い物が動いている。


 誰かそこで掃除でもしているのかと思って気にも留めなかったのだが、そのうちにどこぞのおっさんのかすれた唸り声のようなものが聞こえてきて、俺は眉をひそめるではなく、耳をひそめた。


 ようく聞くと、踏ん張っているのかいないのか、なんとも珍妙な声を上げたかと思えば、息切れして『あかん、もうあかん』とただひたすらに踏ん張る、息切れ、あかんを繰り返している。


 書架には俺の他には人はいないらしく、というと、声の主は白い物を動かしている人物だけに絞られる。


 どうも様子もおかしいし、何やら困っているのであれば助けなくてはと思う良心を持つ好青年である自負があるため、俺は近くにあった移動できる脚立を持ってくると、それに上りながら白い物をはためかせている人物へと近づいた。


「大丈夫ですか……あ……ああ……」


 そう言いかけた俺の最後は、しりすぼみになって落胆した声しか出なかった。そこで助けを求めているのが、深窓の美女であればよかったという期待を軽やかに裏切って、おっさんどころか人ですらないものがそこに居た。


 白い物をはためかせていたのではなく、白いその物自体が動いていた。


『おお、わしが見えるとはな。助かった!』


「誰も助けるとは言っていない」


 俺があんまりにもがっかりした顔をしたものだからか、つられてその白い物まで文字通りしょんぼりした。あまりにも情けない顔に、俺の方が困ってしまうほどに、白い物――しょんぼりした一反木綿は体中から力を抜いてだらりとしてしまった。もはや、ただの白い布である。

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