第6話
草餅は十個だと伝えると、美少女は鞄をいそいそと持ち立ち上がって、行ってくるねと、きりりとした顔を向けてきたのだが、そちらは草餅屋の方向ではない。
「逆だよ、草餅屋」
「え? こっちじゃないの?」
「いや。ここ行って、春日大社の参道入って、鳥居抜けて真直ぐ行ってから……」
水瀬は携帯電話を取り出して位置情報を導き出して、「分かったこっちね」とまたもや別の方向へと突き進んでいったため、慌てて俺は駆け寄って手を引っ張った。
「こっちだってば。もしかして方向音痴?」
それに水瀬は顔を赤くした。
「地図が私の言うこと聞かないだけよ!」
「……それを人は方向音痴と言うんだ!」
しかたがないので、一緒に行くよとキュウリのついた釣竿を回収すると、ニヤニヤする河童にあかんべーをしてから水瀬に向き直って、本当に正しい草餅屋までの道を歩き始めた。
「水瀬はどうやってここまで来たのさ?」
「地図アプリ使って来たわよ」
「近鉄の駅から何分かかった?」
「二時間かかったわ。意外と広いのね、この辺」
これは相当な方向音痴だと確信した俺は、どうしようもない強気な美少女と共にてくてくと道を戻って草餅を自腹で十個購入すると、またもや浮見堂まで戻った。時刻はすでに午後の三時を過ぎていたのだが、一向に日差しが弱まる気配はなく、このまま河童も天日干しされて、干物になってしまえと呪詛を胸の中で呟きながら進む。
「で、これで河童が来なかったら、あなたのことただじゃおかないからね」
「そんな逆恨みはよろしくない。きっと地獄に落ちる」
水瀬は口調とは裏腹に、目をキラキラと夜空に輝く一等星のようにきらめかせながら、河童の姿を今か今かと待ち受けていた。
しかし、俺が草餅を水面に放り投げてやったのに、残念ながらその姿は俺にしか見えないようで、俺は水瀬にぼかすかと叩かれた挙句、河童には一個鯉に食われたからもう一個買って来いと指図されて散々な形で一日が終わった。
「何よ、見えないじゃないの!」
「俺に文句言うな。妖怪は誰にでも見えるわけじゃないんだと証明されただけだ」
「くやしい!」
地団太を踏みながら明後日の方向へと歩きだしたので、水瀬のショルダーバッグの肩掛けひもを引っ張って軌道修正する俺の方が、まるでリアルな地図アプリのような帰り道だった。
「でもいいわ、草餅を鯉じゃない何かが食べているような感じはしたもの。飛鳥、明日もここに集合よ。あなたと一緒なら河童だけじゃなくて他の妖怪も見られそうだもの!」
「あー。いいけど、集合は駅で」
二時間も待たされたらたまったもんじゃないぞと思いつつも、それを面と向かって言うとまたぼこぼこと叩かれそうだったので、軽く湾曲した言い方をしたのだが納得した水瀬は頷いた。
こうして、妖怪研究サークル通称〈妖研〉が誕生したのだが、水瀬の美貌に寄ってくる大量の鼻の下を伸ばした入部希望者を、ことごとく水瀬の変人っぷりがさく裂爆裂して彼らの不純な恋心をズタボロに切り裂き散らして、浮見堂の鯉のえさになったというのは、後々できた伝説であった。
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