第5話
「なんで?」
「は? なんでって言われても……」
目の前を泳いでいる河童が、草餅を食べたいと阿呆なことを言っているからだという至極真実なことを言うわけにもいかない。しかしこの美少女の熱くたぎる意気込みを無下にするのもかわいそうかと思い、俺は最終的に視線をそっぽへ向けた。
「なんで。理由、あるんでしょ?」
「あー、ほら、草餅美味しいし、有名だし」
水瀬は穴が開くほどに俺の横顔をじっと見つめてきた。さすがに噂される美少女とだけあって、アイドルというよりかは正統派な美人の顔立ちにまじまじと見つめられると、毛穴という毛穴から汗が噴き出して来そうになって俺は冷たい水をごくごくと飲んで体温を下げた。
「嘘言わないで。あなたが噂の変人?」
「待て待て待て。噂まではよいとして、変人とは何だ」
「だってそう言われてるもん」
可愛く口を尖らせたところで無駄だぞと言いたいところだが、がっちりと心を鷲掴みにされかけて、俺の純粋な心臓がドバっと血液を体中に巡らせてしまった結果、顔が赤くなるという副作用が起きた。
「あなたの名前は?」
「……辻」
「下の名前は?」
「飛鳥」
詰問されてひやひやしながらそう答えると、水瀬は鞄からノートを取り出して俺の名前を書き留める。ついでに、〈河童の好物は草餅〉とペンを走らせた。いや、もしかすると草餅のついでに俺の名前だったかもしれない、その証拠に草餅の文字はきれいに書いたが、俺の名前は殴り書きされている。
「辻飛鳥ね。で、あなた妖怪見えるんでしょ?」
いきなり核心を突かれて俺が無様な顔をするのと、河童が水面からケタケタと笑うのが見えて、思わず言葉に表現しにくい複雑怪奇な表情になったのだが、この顔が気持ち悪いと思われたのであれば、全て河童が悪いと俺は決め込んだ。草餅はなしだ。
「あーっと、えーっと」
その後に続いた怒涛の質問攻めに、俺の人間強度弱と耐性弱な心臓が悲鳴を上げた。逃げようかとも思ったが、それは美少女にあまりにも失礼極まりないので紳士である俺が取るべき行動ではないと思い、かろうじて踏みとどまったが内心ズタボロである。
「で、飛鳥は明日から妖怪研究サークルに入部ね。私が部長、飛鳥が副部長と雑用。届け出だしておくから」
「ちょっと待て俺の許可は? 副部長と……雑用?」
「許可、必要?」
あまりにも当たり前のように言うな、という言葉を飲み込んで「ああまあいいや」と呟いたのだが、今まで永遠にしかめっ面でこのまま一生しかめっ面のままじゃないかと思われた水瀬がふとやっとにこりと笑った。
「やった、二人以上いないとサークルの許可出ないんだけど、これでがっぽり活動費もらってくるからね。草餅は後で経費で落とすから何個必要?」
「ずいぶん現実的だな」
「お金は大事よ?」
しれっとそう言い放つのはさすが女性ともいうべきか、やはり世の中の一般的な日本人男性は、女性に財布のひもをしっかり閉めてもらうのが妥当だと思わざるを得ない見事な即答っぷりに脱帽であった。
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