第4話

 水瀬雪は学校一の美少女であるにもかかわらず、残念なことに大変な奇人であるという噂であったのだが、俺はたった今、その噂と寸分もたがわぬおかしな行動を目の当たりにした。


 河童のわめき声を無視しながら、この美少女に紳士的にふるまうにはどうすればいいかを、銀河を駆け巡る思考で光速で考えたのだが、あいにく銀河の端っこにも正しい答えは見つけられることがなかった。


「……えっと、何してるんだ?」


 平凡な聞き方しかできなかったのは、決して語彙力が少ないとか友達がいなくて声をかけることがないからとか、そういうわけでは断じてないと言いたいところである。


「あなた阿呆ね。今、言ったじゃん。河童がどうして釣れるか調べてるんだって」


 素晴らしく早く歯切れのよい阿呆認定の断言に、俺の純粋無垢な脳みそと思考が一旦停止してしまったのだが、そんな俺をちらりとみると水瀬は「キュウリ、食べる?」とキュウリを差し出してきたのでひとまずそれを受け取って隣に座った。


 驚くべきことに美少女はキュウリを三十本ほど用意してきたらしく、河童釣りに使うよりも食している方が多いとみられた。


 美少女と木陰で河童釣りをしながら、並んでキュウリを食べるというどうしようもない非現実的な現実に、俺の貴い思考が追い付くわけもない。停止したままの小脳の状態でキュウリを食べ終わったのだが、その間はキュウリを咀嚼する小気味の良い音だけが響き、二人とも一切口をきかなかった。


「……でさ、水瀬は何で河童を釣ろうとしているわけ?」


「河童に会いたいから。あれ、私自己紹介したっけ?」


「大学一緒だよ。で、ここに河童がいるって知っているの?」


 うん、と水瀬は頷いた。


「ここで河童の目撃情報があるの。まあ正しくは、河童に文句を言いながら一人でおしゃべりしている変な男性の目撃談」


 変なではなく麗しき青年という訂正を入れようとしたのだが、いかんせん鏡でさえも恐れをなして逃げ出してしまうと言われている、俺の麗しさが凝縮された顔面である。自ら覗き込んでは鏡に申し訳ないとさえ思っている俺は、麗しきという部分の加筆修正するのをためらってしまった。


「それで、河童がいると?」


「いなかったらその男性、ただの変な人じゃない?」


 河童は絶対いるもん、諦めない。と妙に意気込んでいる美少女の垂らした釣り竿の脇を通り抜けて、河童がどや顔で背泳ぎしながらぷかぷかと浮いていた。その腹立たしい嘴のついた口が、草餅としきりに声を張り上げてくる。


「あー、あのな。キュウリじゃなくて、草餅の方が喜ぶと思う」


 俺のその申し訳なさそうなつつましやかな提案に、水瀬はものすごい勢いと剣幕で俺に迫ってきた。

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