第59話 乱入旅行
会社員である秋沢という青年と同居を始めてから2年が経とうとしていた秋の暮れ、秋沢氏が勤め先の社員旅行で2日程県外に出ることになった。
「お土産買ってくるよ。何が良い?」
そう言って楽しそうに荷造りを始める秋沢氏。そんな彼を見て、私は思わず抗議をしてしまった。私は2日もこの家に一人でいなければならないのかと。毎夜、隣に人が寝ていることがどれ程心強いか、そしてそこへ突然一人きりにされたらどれ程寂しいかと。当然だがこんな自分勝手な抗議が受け入れられるわけもなく、秋沢氏は私を「君はソクバッキーなフレンズなんだね」と罵って旅行に行ってしまった。
容赦なく一人きりにされてしまったソクバッキーなフレンズもとい私はすぐさまお世話になっている出版社の編集者・金本氏のSNSに愚痴を漏らした。金本氏は一度『ウケる』と人を小馬鹿にしたような熊のスタンプを送ってきた後、このように続けた。
『乱入旅行しましょう』
乱入旅行とはつまり、秋沢氏が泊まるものと同じホテルに泊まり社員旅行に乱入してやろうと言うのだ。
『ソクバッキーの恐ろしさを見せつけてやる時です。徹底的にやりましょう』
別にソクバッキーではないが、面白そうだと思ったのですぐさま『最高。やろう』と返し旅の準備を始めた。ホテルの予約は金本氏が『マジでやるんだキモッ』と人を蔑むようなスタンプを送りつつやってくれた。
こうして私は乱入旅行を決めたその日のうちにK本氏と共に旅行先である某県へと車を走らせた。ちなみに仕事はどうしたのかと金本氏に尋ねると「ここ」と大きなリュックからノートパソコンを取り出した。
出発が遅かった為、某県のホテルには夕方頃に着いた。
部屋に荷物を置いて金本氏とホテル内を探索していると、食事の為か大広間へと向かう男女数十人の集団と鉢合わせになった。その中に見覚えのある童顔が1人見えて、私は思わず声をかけた。
「圭佑くーーーーん!」
見覚えのある童顔こと秋沢氏は自分の名前が呼ばれたことに気づくと「ぎゃっ」と声を上げ、周囲にいた男性を押し退けて逃げていった。私も逃げられまいと金本氏を置いてダッシュする。すると私の目の前に壁のごとくひしめき合っていた秋沢氏の勤め先の人々が一斉に道を開けてくれた。親切なものだ。
私は皆さんの好意にお応えするべく秋沢氏に向けて突進し、追いかけっこを始めてからものの数秒で彼を捕まえることができた。
「お願いします会社の人達には迷惑かけないで下さい僕が今後も会社で平穏に暮らしていけるよう騒がないで下さいお願いですから」
神仏でも拝むように両手を合わせて頭を下げる秋沢氏に「"会社の人達には"迷惑かけないよ」と条件付けをして、私は彼を解放した。弾かれたように逃げていく秋沢氏を再び追いかけようか迷いながら見守った後、私は金本氏のもとに戻り外へ夕飯を食べに行こうと誘った(夕食のオプションをつけなかったからだ)。
ホテルの外には繁華街があり、全国展開の居酒屋から老舗の小料理屋、スナック、キャバクラと店が並んでいる。私達は安くて且つ地元の郷土料理が食べられそうな小料理屋をネットで探し出し、そこで郷土料理のカラシ蓮根とだご汁を頂きながら明日の予定について話し合った。途中、金本氏から私と秋沢氏の関係についてディープなものではないかと疑われたので「大鶴○丹と湯江タ○ユキ的な」と答えた。
「それもっと怪しいじゃないですか」
「そうー?」
2人で声を揃えて笑う。そこへいきなり団子を2つ手にした店主の女性が「お客さん達○○ホテルね」と私達が泊まっているホテルの名前を出してきた。
「ん?はい、そうです」
「あそこはねぇ、縁結びのパワースポットや言われとうですよ」
「縁結び?」
どう見てもただの宿泊施設だったが縁結びとはどういうことか。いきなり団子を頂きつつ首を傾げると店主がこのような話をしてくれた。
件のホテルには、夜中になると小さな社が現れる。現れる場所は日によって違うが、縁を結びたい相手と共にその社を見つけて拝めば必ず結ばれるという。
「お客さん達も探してみたらよかですよ」
何を言い出すんだこの人は。店主の言葉に我々は両手を大きく振り「そういう関係じゃないんです」と返した。店主は私達の言いたいことをわかってくれたようで「わかっとりますよ」と苦笑してからこう続けた。
「恋愛だけを"縁"と呼ぶわけでは無かでしょ。お友達も縁ですし、今こうしてお客さん達がこのお店に来て下さっとることも縁です。そういうのも踏まえて"縁結び"って言葉が存在するもんや無かかねぇと思うんですわ」
なるほど、確かにそうだ。店主の至言に目から鱗が落ちた私達は仕事仲間として、そして友人としての絆を永遠のものとしようとホテルへ戻り、日付が変わった頃に社を探すこととした。
日付が変わるまではTVを見たり温泉に入ったりして過ごした。途中、大浴場の更衣室で裸身に化粧水を叩き込んでいる秋沢氏と出くわしたので「0時にフロント集合」と声をかけた。秋沢氏が嫌そうな顔をしたので「来なかったら鬼電する」と圧力をかけた。
そして午前0時。金本氏とフロントへ下りると、浴衣姿の秋沢氏がスマホをいじりながら待っていた。
「同僚からめちゃくちゃ心配されたんだからな。『お金でも借りてるの?』ってさ」
口を尖らせて言う秋沢氏に軽く謝りつつ、私は彼に社の話をしてみた。秋沢氏は"縁を結びたい相手"というワードを聞くなり「嘘でしょ!?」と自分の肩を抱いて後退りした。
「違うから違うから」
「狙ってないから」
ジリジリと後退りする秋沢氏を捕まえ店主の至言を聞かせる。秋沢氏は理解してくれたようで「じゃあ仕方ないなぁ」と社探しに協力してくれた。
こうして私達は社探しを開始した。私達は店主から過去の出現場所(友達からの伝聞らしい)を聞いていたので、まずはそこから攻めていくことにした。
まずは1Fのフロント。今から40年前の深夜、革張りのソファが並ぶこのフロントのド真ん中に社が現れたというが、いつもド真ん中に現れるとは限らないと踏んだ私達はフロント周辺を隈無く見て回った。しかし社は愚かそれに関わる建造物も見つからなかった。
次に2Fのロビー。今から26年前、ロビーの壁際に並ぶ自販機の列に社が交じっていたことがあるらしい。私達は1Fの時と同じくロビー中を隈無く見て回ったが、例によって社は見つからなかった。
それから3Fの食堂付近、4Fのゲームコーナーと過去に社が見つかった場所を見て回ったが社は見つからず、とうとう9Fの共有トイレにまで達した。それでも社は見つからず「所詮は噂か」と諦めかけたところで、秋沢氏があっと声を上げ駆けていった。
どうしたどうした。私と金本氏も秋沢氏を追って走る。そうして辿り着いた先は椅子や長机が乱雑に押し込められた薄暗い空間。奥に立入禁止テープの張られた階段があり、その上に小さいながらも荘厳な、ホテルに似つかわしくない建造物が建っている。それはまさしく私達が探し求めていた社だった。
本当にあったのか。私は早速お参りしようと怪談に近づき、そして足を止めた。社は全体が赤色に塗られているのだが、その赤色から何故か血液を連想し近づくのが怖くなってしまったのだ。
せっかく見つけたのだし行った方が。いやしかし何だか怖くて近づけない。葛藤に苛まれる私の横から秋沢氏がオズオズと私を見上げつつこう言った。
「あの、僕達の関係ってあの社に参らなきゃいけないほど脆いのかな。僕はあんな所行かなくても十分強固な友情を築けてると思うんだけど」
どうも秋沢氏も社を恐れているらしかった。なんなら金本氏も「なんかこう、ヤバいですよね」と私の手を掴み社から引き離そうとしている。私は少しだけ悩んでから「やめようか」と言った。2人とも安心したような表情で「うん」と答えた。
翌日、私と金本氏はは秋沢氏とその勤め先の人々を後ろから尾行するように某県内の有名な神社を訪れた。私は本殿で賽銭を入れた後、願い事でなく所信表明をした。今私を支えて下さる人々を大切にします、と声高に唱えた。横で願掛けをしていた秋沢氏が「声でかいよ」と照れ笑いした。
その後、秋沢氏と私で何の示し合わせをしたわけでも無いのに同じお土産を買ったり、金本氏が全然仕事に手をつけられず焦ったりしながら無事に乱入旅行を終えることができた。
旅行から帰った数日後、金本氏からSNSで驚くべき記事が送られてきた。それは今から40年前、仲の良い女子中学生2人が某県のダムにて命を絶ったというニュースだ。2人は我々が泊まったのと同じホテルに宿泊していたそうで、遺書に『社のお告げの通り、私達はこの友情を永遠のものとすべく命を絶ちます』と書かれていたそうだ。
あの社の赤色はもしや、と寒気がしたところで小料理屋の店主のことを思い出した。彼女はこのニュースを知っているのだろうか。知っているとしたら、何故我々に社探しを勧めたのだろうか。何にしても人間というのはどんな怪異よりも恐ろしいものだ。私は2度とあの店に行くまいと思った。
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