第55話 血筋の記憶

私には離れて暮らしている兄がいる。

兄がいるのに何故私の名前が"初郎"であるのかというのは説明するとクソ長くなるので省くとして("蛇 前後編"参照)、実は少し前の夜7時頃、兄が妻─義姉と共に我が家に押し掛けてきた。住所を教えていないのに。


「お母さんに住所教えて貰った」


そう言って居間兼仕事部屋のソファに腰かける兄夫婦に秋沢氏がお茶を出すと、義姉が「あーすみません」と頭を下げつつ大きな瞳をクリクリと動かして私と秋沢氏を見比べた。


「あの…はー君」


「あ、そちらルームメイトの秋沢君」


「あーなるほど、仲良いんだねぇ」


この義姉が何を想像したかは訊かないでおこう。私は自分と秋沢氏のお茶を用意して兄の向かいに座り「で、何」と訊いた。


「お前ちょっと俺への態度辛辣じゃない?」


「昔貸した30万返してもらえてないからね」


「それは」


義姉に「まあまあまあ」と宥められたので本題に入ることにした。


「お前、俺がよく頭痛起こすことは知っとるよな」


兄貴の問いに「まあ」と答えた。

兄は酷い頭痛持ちだ。小さい頃に小児科で"偏頭痛"と診断されてから今に至るまで、ずっと薬を飲み続けている。学生の時分は偏頭痛によるストレスで頻繁に学校を休み、私や両親によく当たっていた。酷い時は耐えかねた両親が兄の食事に毒を盛ろうとし、私が泣きながら止めたぐらいだ。

正直、当時の私は兄の偏頭痛を両親のせいだと思っていた。長男である故に幼い頃から過度な期待をかけられ、兄自身も応えようとして、そのストレスで発症したのだと。

実際兄は荒れた時期こそあったものの、総合的に見て一般家庭の両親が自分の子供に求めるような成長を経てきた。幼稚園から模範生として多くの大人から目をかけられて育ち、高校は市内でもトップクラスを誇る偏差値の学校で、それから有名国立大学を出て小学校の教員として正規採用された。今は可愛らしい妻を迎えて孫が待望されている。

偏頭痛は両親が期待をかけすぎた代償なのだ。と、そんな風に考えていたが、私に相談してくる辺り何か違う原因だったのかもしれない。脳の病気とか。心臓が高鳴るのを感じつつ「まさか」と問うと、兄が「違うわ」と即答した。


「早ェーよ」


「お前の考えは見えた。でも違う」


なんだよもう。肩の力が抜ける。隣で秋沢氏と義姉が「仲良いよね」と笑い合う。


「じゃあ何よ」


「頭痛起こして寝る度にさ、見る夢があるんよ。お前今オカルトかじってるみたいだから何かわからんかなーって」


「あーあーまたそれかよ!」


私は思わずその場に引っくり返った。

私は大してオカルトが好きというわけでもないのに、何故だか人からオカルト絡みの相談をされることが多い。とうとう身内からもされてしまった。これまでオカルトのオの字も発したことが無いのに。

どこで知ったのかと兄に尋ねたら「お前が記事書いてる出版社のコラム」という答えが返ってきた。一度家族で集まった時にチラッと出版社の名前を出したことが無くも無い気がする。こんな所で仇になるなんてとのたうち回った後、本題に戻った。


「夢ってどんな?」


「なんというか…個人経営の工場みたいな所で怒鳴られる夢」


全く意味がわからなかったが、根気強く何度も聞き直した。そしてわかったのが以下の内容だ。

まず、夢の中で兄は鍛治屋の見習いとして修行をしている。見習いである兄はいつも親方にどやされている。その言い分はいつも忘れてしまうが、確か『黒牟田の長男として立派な刀工であれ』とか何となく自分に期待とプレッシャーをかけてくるような内容であるという。

話を聞き終えた後、私は"鍛治屋"という単語に反応した。昔父からこんな話を聞かされたからだ。


『黒牟田家は江戸時代、藩士が使う為の刀を作ってたんや』


この話を聞いた当時、私は「そんなバナナ」と笑い飛ばした。しかし親父は実家から鍔が発掘されたと力説し、親戚の家(黒牟田家の本家)に殿様の家紋が入った灯籠が残っているとも語った。

結局証拠が残っていないのと父が見せたドヤ顔にイラッときたので信じないまま話を終えてしまったが、兄がこんなに詳細な夢を見ているということはもしかしたら父の話は真実で、刀工としての黒牟田家の記憶が血に染みつき、長男である兄に強く影響しているのかもしれない。

これで原因は想像ついたが、ならばそれをどう解決するか。血に刻まれた記憶を打ち消す方法なんて知らない。血液クレンジングとやらでもさせるか。考えあぐねていたところへ、兄のスマホにメッセージが入った。送り主はなんと父だった。


『今度法事で本家に行くけど来ん?初郎にも連絡します』


兄に宛てられたメッセージを確認して間もなく私のスマホにも同じような文面が送られてきた。

そうだ、父に付いて本家に行けば解決の糸口が見出だせるかもしれない。私は父に了解の旨を送り、兄にもついて来るよう促した。




それから数日後の週末、私と兄夫婦は父の運転で黒牟田の本家を訪れた。杉林と田園に囲まれた集落の高台に聳え立つ本家はその辺の一軒家と大して変わらない見た目をしており、住人である大伯母も普通のお婆さんだった。ただ1つ、敷地の端に立派な石灯籠が建ててあり、その中で小さな火がゆらゆらと燃えているのが気になった。

恐らくコレが父の言っていた灯籠だろう。しげしげと眺めていると、父が寄ってきてこう言った。


「それは江戸時代、刀工だった時代からずっと火を絶やすことなく燃えとるんや」


なんでも時の藩主が黒牟田家の労をねぎらってこの灯籠を建て、火をつけたとか。それだけ説明すると、父は大伯母に呼ばれて家の中へと入っていった。残されたのは私と兄夫婦の3人。

藩主が労をねぎらってつけて以来、一度も絶やしていない火。私はあることを思いつき、灯籠の中で燃え続ける火に顔を近づけた。直後、兄から取り押さえられた。


「何だよ!」


「お前が今何を考えたかわかったぞ!させねえ!絶対させねえ!」


「これが頭痛の原因かもしれんのやぞ!」


「だからってそんなヤバい真似すんな!」



私と兄が揉み合い義姉が狼狽えている間に父が戻ってきた。父から「もう帰るぞ」と促され、私達は大人しく父の車に乗り込んだ。

それから一度忘れ物をしたフリをして灯籠のもとへ戻ろうとしたが、兄に「お前向こうで何も出してないやん」と指摘されたので諦めて帰った。




それから数日経って、偶然街中で兄夫婦と会った。

仕事で使う文具の調達をすべく街へ出てきたという兄は相変わらず頭痛に悩まされているようで、私はまたいつか、今度は仲間を何人か連れて灯籠の火を消しに行こうと決意した。

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