第53話 呪いのアカウント

私がお世話になっている出版社の編集長である但馬氏は、14歳になる姪のチナツさんと2人暮らしをしている。

チナツさんのご両親は新興宗教にのめり込んだ末に宗教施設の火事に巻き込まれて亡くなってしまったそうで、1番近い身内である但馬氏が残されたチナツさんを引き取ったらしい。


そんなチナツさんが最近奇妙な悩みを抱えているそうで、但馬氏からヘルプを頼まれた私は先日の夕方、出版社の談話室に駆けつけた。談話室では但馬氏と共にセーラー服姿の少女が3人身を寄せ合って座っており、私の姿を見るとやや縮こまりながら会釈をした。


「お待ちしてました。そこかけて下さい」


但馬氏に示されて私は少女達の真向かいに座り、事務員の女性が出してくれたお茶を一口飲んだ。そうして落ち着いたところで但馬氏が少女達の紹介を始めた。


「真ん中がウチの姪でして、黒牟田さんから見て左がアイカちゃん、右がミイちゃんです」


但馬氏の紹介に合わせて少女達が順々に会釈する。私も簡単に名乗って会釈をし、それからすぐ本題に入った。


「えっと…チナツさん、何かすごい変なことに巻き込まれたって聞いたんですけど」


私が問うとチナツさんはやや不安げに友人達と頷き合ってから口を開いた。


「私、呪いのアカウントにフォローされたんです」


"呪いのアカウント"。この言葉を聞いた瞬間に私は「やっぱそういう奴かよ」と頭を抱えた。

私は友人知人から頻繁にこういったオカルト系の相談を受ける。私自身は特にオカルトが好きというわけでもないのに、何がどうしてこんな相談ばかり受けるようになってしまったのだろう。

思い当たる記憶を探りながら、また一口お茶を飲む。


「"呪いのアカウント"ってどんな奴ですか」


私が尋ねると、チナツさんがスマホを取り出して私に見せてくれた。表示されているのは巨大SNSにて"○○(芸能人の名前)の嫁みーたん"というハンドルネームの人物から届いたダイレクトメール。チナツさんに対し執拗に『チケット代行します』と送ってきている。


「いやこれ代行詐欺じゃん」


思わず口走ってしまった。

代行詐欺とは、人気アーティストのコンサートチケットや何らかの限定グッズ等通常では手に入りにくいものの入手を当事者の代わりにやってくれる…という嘘を掲げて金を騙し取る詐欺である。

(※ちゃんとした代行業者さんもいます)

この手の詐欺は主にアイドルファンの界隈に多く、学生ファンを中心に日々多くの被害報告が挙がっている。チナツさんにダイレクトメールを送っている代行詐欺アカウントが嫁宣言をしている相手も正に人気アイドルグループのメンバーであった。


「無視するか通報したら良いですよ」


代行詐欺アカウントのプロフィール画面を開きながら言うと、チナツさんは「それじゃダメです」と首を横に振った。


「無視したり通報したりしたら呪われるんです」


んなわけあるか。私は心の中で突っ込みつつ「どういうこと?」と訊いた。


「ファンの間では有名なんですけど、この"みーたん"って人が呪術師の家系出身で、自分の気に入らない人をネット上から呪うことができるんです」


「はあ」


「隣のクラスの友達も"みーたん"のこと無視したら事故って部活の大会出られなくなったし…アイカちゃんも手を痛めて…」


アイカさんが包帯の巻かれた右手を小さく挙げる。それは偶然なのではと思ったが、一応相手は代行詐欺という犯罪をしているしここで万が一ここで集団ヒステリーでも起こされたら大変なので、私のSNSアカウントから"みーたん"を探し出し通報しておいた。すると間もなくチナツさんのダイレクトメールに新しいメッセージが入った。


『チクったでしょ?許さないから』


少女達が悲鳴を上げる。

どうも"みーたん"は本当に呪術か何かのスキルを持っているらしい。私はチナツさんからスマホを奪い取り"みーたん"に返信した。


『***-**** O県O市大字○○****-* 黒牟田初郎』


但馬氏が「これ出版社の住所じゃん」と言うのを聞き流し、私は談話室を出て事務席に飛び込んだ。目的はゆうきさんという事務員の女性。今まで数々の怪異を物理的に鎮めてくれた方で、今回も彼女の助力を願いたかったのだ。

しかしいくら事務席を見回してもゆうきさんはおらず、困った私はお局様らしき女性にゆうきさんの行方を尋ねてみた。


「ゆうきちゃんなら年休よ」


よりにもよってこんな日に。あまりのタイミングの悪さに思わず悲鳴を上げつつお局様に頭を下げ談話室へ戻ると、少女達にしがみつかれた但馬氏が「大丈夫ですか」と訊いてきた。


「大丈夫じゃないですぅ…でも一応僕も大蛇の化身らしいんで頑張りますぅ…やめときゃよかったぁ…うぅ…」


以前母親から聞かされた私の出自を("蛇 前後編"参照)を思い出しながら、私は談話室の窓際に仁王立ちになり但馬氏と少女達を遠ざけた。

しかし実際に来てしまったらどうしようか。大蛇の化身とは言ってみたものの、それで得したことも損したことも無い気がする。強力な怪異を祓えた試しも無く、大蛇の力が有り余って大暴走したなんて試しも無く、強いて言えば人よりちょっと大食らいで血の気が多いことが特徴か。つまり私は一般ピープル。目の前に迫る脅威に対し何かできる気がしない。物理ならちょっとは勝ち目があるのに…。

心の中で泣き言をつらつらと述べながら"みーたん"を待ち受けていると、次第に辺りの机や椅子がガタガタと音を立て始めた。


「えっ!?うそ!やだ!中から来るの!?」


思わずおネエのような口調になりながら辺りを見回す。但馬氏は少女達を机の下に避難させ始めている。

どうしようどうしようどうしよう。どこか遠くの知らない廃墟の住所でも送れば良かったと後悔していると、私の鼻に水のようなものが滴ってきた。掌で拭ってみると、ぬぐった部分に赤い痕がついた。まさかと天井を見上げると、天井の壁紙から赤い液体が染み出している。

代行詐欺1つでそんな本気出す?"みーたん"の執着心に恐怖よりも馬鹿馬鹿しさを覚えたところで、赤い液体が染み出した部分から真っ赤な腕が2本、ゆっくりと生えてきた。


「代行詐欺でそんなするか…?」


私が思っていたことを但馬氏が呟いた。

このバ…執念深い呪術師を一般人だけでどうやって対処したものか。試しに手近な輪ゴムを弾き飛ばしてみるが効いた様子は無く、但馬氏から「蝿相手にしてるわけではないから」と突っ込まれてしまった。


「何かこう、黒牟田さん粗塩とか持ってないんですか?」


「持ってるわけないでしょ。買ってきて下さいよ」


「間に合わないでしょ」


不毛なやり取りをしているうちに腕はどんどんと伸びてきて、1m程になってきた。

これむしろどこまで伸びるのか観察してみたい。そんな気持ちにすらなってきたのも束の間、突然腕が炎に包まれた。その身を振り回しもがき苦しむ腕。天井に引火したらどうしようと不安になりつつ見守っているうちに、腕は炎と共に跡形も無く消えてしまった。

何が起きたのか。そう戸惑う間もなく談話室の外から響く「ぁやーっ!」という甲高い悲鳴。聞き覚えのある声だと思い談話室を出てみると、私のライター仲間である木村氏が光沢のある赤い粒を拾い集めていた。


「黒牟田君ちょっと見てこれ!台湾で買ってきたお守りが弾けちゃった!」


「何すかそれ」


「唐辛子だよ!硝子製の!少し前に黒牟田君のアドバイスで唐辛子のお守り買ったことあったろ!アレから唐辛子グッズにハマって買い集めてたんだけど今こんなんなっちゃったんだよぉー!」


さっきの炎の正体はこの唐辛子グッズが原因らしかった。良いのか悪いのか微妙なタイミングで来たなコイツと拗ねる私の前で、弾けた硝子製唐辛子を集め終えた木村氏が立ち上がった。彼のシャツには萎れた茄子のようなものが描かれており、それも何ですかと尋ねてみると木村氏が再び悲鳴を上げた。


「唐辛子シャツが黒くなってる!」


唐辛子だったらしい。

何が起きたのかもわからず悲鳴を上げ続ける木村氏のもとに、但馬氏や少女達が駆け寄ってきた。そしてシャツに描かれた黒い唐辛子を見たミイさんが「茄子…?」と呟いた。


「唐辛子だよ!」


木村氏の絶叫が社屋中に響いた。




後日、我が家に但馬氏から大量のお菓子が入った箱が送られてきた。中にはチナツさんが書いたと思われる手紙が入っており、"みーたん"のアカウントが消されたことを知らされた。


『皆元気です。本当にありがとうございました』


実際に救ったのは木村氏なんだけどな。今度彼に何か奢らないとと思いつつ手紙を読み進めると、最後にこのようなことが書いてあった。


『黒牟田さん■■■の記事書いてたんですね。文章にイヤミが無くて好きです』


私が以前書いたアイドルのムック本に関わるコメントだった。ちょっとした記事でも自分が書いたものを誉めて貰えるのは嬉しい。

同居人の秋沢氏が帰ってきたら見せびらかしてやろうと、ワクワクしながら新たな記事の執筆に取り掛かった。

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