第52話 書き換えられる

「記憶が書き換えられるってあると思います?」


日頃お世話になっている出版社の金本氏が、我が家に押し掛けるなりそう問いかけてきた。私は「またわけのわからんものを持ってきた」と思いつつ金本氏を家に上げ、お茶とコーヒーを出した。金本氏はそれらを一気に飲み干すと鞄の中から一冊の本を取り出した。表紙には"飛翔 平成○年度 ○○高等学校"と書いてあり、卒業アルバムであるとわかる。

金本氏はアルバムをパラパラと捲り、1つのクラスの個人写真のページを開いて見せた。そこには若かりし日の金本氏と、その隣に顔と名前が黒く塗り潰された男子生徒の写真が載っている。


「何ですかこれ、まさか昔の自分はもっとイケメンだったとか言い出さないですよね」


「写真も今も十分にイケメンです!それよりあからさまにヤバイのあるでしょ!」


金本氏に指で示され、改めて顔の塗り潰された男子生徒を見る。黒い部分はペンで塗ったような色ムラが無く、また触ってみてもペンで塗った時特有のザラザラした感触が無い。


「初めから印刷されてるみたいな感じですね」


「そーなんです!でも学校がそんなことするはずないじゃないですか」


「ああ、まーね」


「しかも僕、この黒いのが誰だか全然わかんないんです!誰なのか一緒に解明してくれませんか!」


またそういう話かよ。金本氏がこれまで私のもとに持ち込んできた怪異の数々を思い出しながら、私は「そういうの得意じゃないんで」と彼を追い出そうとした。しかし彼も私の反応を先読みしていたようで、鞄から何やら券を1枚取り出してきた。


「飲食代の割引券です。初郎君が行きたいって言うところも対応してます。甘じょっぱい粉がかかったフライドチキンがすご~く美味しいんですよ~」


姑息な奴。金本氏を恨めしく思いながらも私は割引券を受け取り「他のページを見てみましょう」と提案した。

そうして金本氏と全ページを隈無く見てみたが、顔を塗り潰された男子生徒がいるのは件のページのみだった。集合写真と個人写真を見比べてもみたが、集合写真に写っている生徒は全て個人写真のページでも確認できた。

では、誰なのか。


「多分僕達、記憶が書き換えられる最中にいるのかなって思います」


金本氏が男子生徒の写真を見ながら呟いた。


「ありませんか?この映画のこの役はあの俳優さんが演じてたハズなのに、今見返したら別の俳優になってたとか、あの女優はあの作品で人気が出たハズなのに実は出てなかったとか」


「まあ、ありますけど」


「そういうのって多分毎日どこかしらの小さな歴史が書き換えられていて、本来なら一緒に資料や痕跡、記憶も変えられていくけど、時々これみたいに中途半端に残ってしまう場合があるってことなんじゃないか思うんです」


突飛な話だがあり得なくもない。現に我々は証拠を示されているから。どう見ても印刷されたものにしか見えない程自然に塗り潰された写真を見ながら、私は身近な誰かもこうして消えているかもしれないという可能性にゾッとした。




この3日後、金本氏と会った際に「その後アルバムはいかがなものか」と尋ねてみると、驚くべき答えが返ってきた。


「アルバム?何が?」


金本氏の記憶から、卒業アルバムに載せられていた写真の件はすっかり消え失せていたのだ。

たった3日前のことを。私は金本氏に当時の状況を事細かに説明したが、彼は「あれー、そうでしたっけ?」と首を傾げるのみだった。

当時金本氏から貰った割引券が手元に残っていたので見せてみたが、それすら覚えていなかった。


「それ使わないから初郎君にあげたとかそんなんだったと思うんですけどねー。まあいいや、使ってください」


そう言ってニコニコと笑う金本氏に、これ以上何も言うことができなかったし卒業アルバムを見せてもらうこともできなかった。

手元に残った割引券は気持ち悪いと思ったものの使わせて頂くことにした。同居人である秋沢氏と共に訪れた飲み屋で食べた甘じょっぱいフライドチキンは、一連の事件の気持ち悪さを払拭する程美味しかった。

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