第18話 正夢。

 視界がノイズが走ったかのように乱れる。

 映ってくる光景に覚えがあるかと思えば……そこは神社の地下にある『封魔の祭壇』だ。


(なんだ? この映像は?)


 微かに匂うのは馴染んでしまった血の香りだ。

 再び悪夢を見ているだと理解したが、今回は少し違う感じがして何か落ち着かない。場所の所為か? 今までもおかしかったが、今回はさらにおかしい気がした。


『はは……まさか君だったとはな』


(は? 英次?)


 ノイズばかりの映像が変化したかと思えば、俺の視界にこれまでの悪夢と同じ……だが、どこか違和感がある光景が見えた。


『グフッ……はぁ、参ったね。これじゃ零のことを言えないな。深追いした結果がこのザマじゃ……ゲホッ』


 突如、目の前で口から血を吐く英次の姿が映り込んだ。

 いったい何の冗談かと目を見開いたが、視界に映る英次は困ったような笑みを出血している腹部を押さえていた。……出血酷い。ノイズで分かり難いが血の気が引いて顔色も青褪めてる。


 誰かに向かって話をしているようだが、見ている角度の外側な為に見えない。首や頭が動けば見えそうだが、映像が勝手に見えてくるだけで、こちらからは何も出来ない制限された状態だった。


(また俺が? 俺がやったって言うのか?)


 今までの悪夢と同じなら手を掛けたのは間違いなく俺自身の筈だが、これまでと違う違和感の影響か、ほんの僅かな英次の違和感が脳裏に過った。


 聞き間違いでなければ、先程の英次は敵と思われる相手のことを「君」と言っていた。……これが俺だとすればおかしいな光景だ。


『君の罠にまんまとハマってしまったというわけか。つまり零が遭遇したという校舎屋上に現れた魔獣もそちらの仕掛けということか』


 英次は人付き合いを大事にする交渉タイプ。割りと外面を大事にしており、学校のいる際は人の目や耳を気にするので、女子達だけでなく俺を含めた男子達に対しても、「君」と付けることが多いが、それはあくまで周囲の人が多い場合の時だ。


(俺と2人の時は「君」よりも「お前」の方が多い。なにより口調もおかしい。英次の話し方は……間違いなく女が相手の時だ)


 つまり敵は知り合いの女の可能性が高い。

 所詮夢でしかないが、俺は五感の神経を研ぎ澄ませて、見えない中でも相手の正体を探ろうとしたが……。



 不意に視界が暗転した。何が起きたか俺も困惑したが、すぐに目の前に答えがあった。英次の視界から相手の顔を捉えることが出来た。




『英次君……邪魔だよ。大人しく消えてくれ』



 

 英次を突き刺した女は、冷たい瞳をした俺がよく知る人物。

 普段は全く見せないような零度の瞳で血を流している英次を見つめると……。



『さようなら』



 は手元のサバイバルナイフで英次を…………





「……」


 そして、その日は朝早くから俺の神経を逆撫でするような事態が発生していた。


 本来なら本日の俺は学校の『冬祭』に参加。英次が視たという悪夢の未来を回避するために行動する筈だったが、事態は朝早くから届いた叔父の健さんのメールであっさりと一変した。


 あらかじめ用意していた制服には着替えて家を出てたが、学校には向かわず感知能力を広範囲に拡大。朝早くから手当たりしだい散策していた。


 協力者の大野英次が魔獣、もしくは何者かに襲われて重体。

 封印していた扉を開ける鍵も奪取されて、現在街の異能関係者は神経を研ぎ澄ませて捜索に動いていた。


「それで? 英次の容体はどうですか?」

『……どうにか治癒が間に合ったが、意識が戻ってない。今は病院の方で寝かせつつ検査中だ。医者は『眼』を持っているから、何か異常があれば気付くだろう』


 やはり異能者が管理する病院に送られたか。

 怪我の方は鍵さんの異能でカバー出来たらしいが、精神ダメージだけは別だからな。それに相手が魔獣の場合、何らかの障害が残っている可能性がある。回復込みで調べるのも忘れてはならない。


「流石鍵さん、早い対応ありがとうございます」

『寧ろ怒ってくれていいぞ? 見張ってたのにカギと一緒にお前のダチも守れなかったこの無能を』

「鍵さんの所為じゃありません。予知した未来の回避が危険なのはアイツだって分かっていた。協力者の俺にも伝えずに深追いしたアイツの自業自得です」


 悪いと思うが、英次のフォローはしない。戦闘タイプでない以上、まず俺を呼ぶべきだったのは事実だ。それなのに鍵さんの監視網を潜った挙句、見事に返り討ちにあったんだ。


(いや、もしくは死なないと思っていたのかもしれない。未来視で今日学校の屋上で俺達が揃っていたと言った。神社に入り込む程度なら影響はないと考えたのか?)


 どっちにしても本人に聞かないと話にならない。

 謎が多い以上、まもなく『冬祭』が行われる学校へ行くべきかもしれないが……。


「……鍵さん。英次の件は何処まで伝わってます?」

『ん? 何処までって……まずお前さんと兄貴、幻と元奥さん、それと神主とその弟子が数名でまだそこまで広がっていないが、今から冬夜達にもメールで伝える予定だ。探索範囲が広過ぎて人手が足りないからな』


 人手を増やすことには賛成だが、まだ伝わっているのがそれだけなら……。


「捜索の件は構いませんが、英次の件はしばらく伏せてもらえませんか? 可能なら……」



 ふと夢の映像を思い出す。

 ただの夢だと吐き捨ててしまいたい。胸が張り裂けるようなモノだが。



ギリギリまで隠してください。ちょっと確かめたいことがあるんで」



 俺の中の勘が訴えていた。



 ―――疑えと。



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