第105話 作戦会議

 鑑定水晶でペペのスキルを確認してみたところ、そこにはとんでもない文章が浮かびあがった。


『淫魔の恩恵……複合スキル。Lvアップに応じて扱えるスキルの数と威力が増える』


 複合スキル。

 それはひとつのスキルのなかに幾つもの能力が内包されたものを言う。

 僕の〈男根形質変化〉も男根を様々な材質に変化させたり熱を発したりと色々な機能があるけど、複合スキルはもっと自由度高く様々な能力が同時に使える非常に強力なスキルだった。


「えーとねー、いまペペが使えるのは、麻痺毒にー、分裂にー、苗床化にー、人格排出淫具化にー、あとはねー、ご主人しゃまがどこにいるかわかるから、離れても撫で撫でしてもらいに戻ってこれるんだよー」

「そ、そうなんだ……ペペは偉いね」

「でしょー! えへへー」


 聞かなかったことにしたいスキルがいくつか聞こえたけど、とにかくペペは〈従魔眷属化〉によって発現した複合スキルによって逃走した聖騎士を捕縛してくれたのだった。


 ……と、そんなこんなで末恐ろしい複合スキルを発現してしまったペペには常識やら手加減やらを教える必要が出てきたのだけど……いまはそれより優先しないといけないことがあった。


 僕たちに水源浄化を依頼した女帝ステイシーさんへの報告。

 そして今後の行動方針の相談だ。


「……つまり、まとめるとこういうことかしら」


 水源の浄化を終えてダンジョン都市に帰還した僕たちからことのあらましを聞いたステイシーさんは、こめかみを押さえながら声を漏らした。


「あなたたちは帝都から追放されたヘンテコ〈ギフト〉の〈淫魔〉とそれを追いかけてきた〈神聖騎士〉で、今回の水源汚染はなぜか〈神聖騎士〉の命を狙う教会の手先があなたたちをおびき寄せるために画策したことだと」

「はい」


 報告をまとめるステイシーさんの言葉に僕は頷いた。


 今回の事件の全容について、僕は自分たちの出自も含め、ステイシーさんとリザさんにすべて説明していた。


 ステイシーさんたちなら〈主従契約〉の影響で絶対に情報は漏らさないし、なにより僕たちの事情に巻き込むかたちで街に被害を与えてしまった以上、隠し事を続けるわけにはいかなかったからだ。


「……はぁ。普通ならもっとまともな嘘をつけと深淵魔法で粉々にしているところよ」


 ステイシーさんが手で額を覆いながら言う。


「にわかには信じがたい。……けど、あなたたち二人がいままで見せてきた常識外れの力に、いま見せてくれたステータスプレート。それに十三聖剣の一人を実際に捕縛してきたとなると、信じないわけにはいかないわね」


 と、大きな溜息を吐くステイシーさんの視線の先には、武装解除された灰色の髪の女性がいた。


「クッ……反撃も逃走も身体が拒否して……なんなのよこの強力な隷属スキル!? 私はあらゆる精神支配を無効化する聖騎士なのに……! なんで……!?」


〈主従契約〉の効力で完全に無力化されている聖騎士、コッコロ・アナルスキーだ。ペペの凶悪なスキルで徹底的に「わからせ」られたにもかかわらず、その目はいまだ凶悪にギラついている。


 そんなコッコロに鋭い視線を向けたまま、女帝ステイシーさんが真面目な声を漏らした。


「なにはともあれ、水源浄化については都市を代表してお礼を言うわ。あなたたちが原因だなんて私たちは少しも思っていないもの。……それで、あなたたちはこれからどうするつもりなの?」


 街の水源を汚染し、十三聖剣の一人を派遣してでも〈神聖騎士〉の命を狙う教会を相手にどうするつもりなのかと、ステイシーさんが真面目に問うてくる。


 その問いに、僕は当たり前の言葉を返した。

 

「どんな手を使ってでもアリシアを守ります。それこそ……世界最大の宗教国家、ロマリア神聖法国を潰すことになっても」

「エリオ……」


 僕の言葉に、アリシアが僕の服をぎゅっと握る。

 と、そんな僕らの後ろから激しい哄笑が聞こえてきた。


「あはっ、ははははははは! 教会を潰すぅ!?」


〈主従契約〉を受けながらも反抗的な態度を続けるコッコロだ。


「ばーっかじゃないの!? 私を倒したくらいで調子に乗ってんじゃねえよ! 教会にはまだ戦力が山ほどある! 〈神聖騎士〉も〈淫魔〉も、それに協力するダンジョン都市のゴロツキどもも、お前ら全員、最後にはドログチョの肉塊に――」

「ペペ」

「はーい。いただきまーす❤」

「は? ちょっ、まっ、ざけんな人が見てんだろうがあああああああっ!?」


 まだ自分の立場がわかっていないらしいコッコロを、ペペの手で躾けてもらう。ありとあらゆる穴を塞がれ、コッコロが静かになった。


 とはいえ……コッコロの言うことももっともだ。


 ロマリア神聖法国は世界最大規模の巨大宗教国家。

 その国力は帝国をも上回り、保有する〈聖騎士〉の数も質もトップクラス。


 いくら〈淫魔〉の力が強力で〈神聖騎士〉さえ隷属させる異常なスキルがあるとはいえ、個人の力で潰すなんて正気の沙汰じゃなかった。荒唐無稽にもほどがある。


 けど……、


(コッコロから聞き出した教会の現状を考えると……神聖法国を潰すくらいの覚悟がなきゃ、アリシアは守れない)


 コッコロはあくまで暗殺専門の使いパシリらしく、アリシアが狙われる理由や教会の深部まで把握しているわけではなかった。

 けれどそんな彼女が知っている範囲でさえ、いまの教会は綺麗事の裏で暴力と権力をふるい私利私欲を貪る国家と化していて……アリシアを守るには、教会を潰すくらいの覚悟は絶対に必要だった。


 それほどまでに、いまの教会は――

 

「まあ、本腰を入れた教会から誰かを守ろうと思ったら、神聖法国を潰すくらいの気概は必要になるわね。それがいくら無茶でも」


 と、僕の決意を聞いたステイシーさんがお仕置きされるコッコロを完全無視しながら言う。


「あなたが教会を敵に回すというなら、女帝旅団は秘密裏に協力させてもらうわ。戦姫ソフィアの件といい、このまま教会が力を増せばまずいことになるんじゃないかって話は裏の世界で最近よく聞くもの。事情を一部説明すれば獅子王も協力してくれるでしょうから、ダンジョン都市はあなたたちにつくわ。〈主従契約〉なんてなくてもね」


 ただ、とステイシーさんが深刻な表情で続ける。


「最近の教会はなにかおかしい……とはいえ、その権威と影響力はいまだに強大よ。いまのあなたは言ってしまえば教会の象徴である〈神聖騎士〉をさらってる状態。教会はそれを救おうとしてる構図になるから、喧伝にも優れる教会に圧倒的な分があるわ。まさか教会が〈神聖騎士〉を殺そうとしてるなんて誰も信じないしね。あなたのスキルで誰かれ構わず隷属させていくなんてやり方もどこかで無理が出てくるでしょうし、下手な立ち回りをすれば教会だけでなくロマリア教を国教にする世界中の国を敵に回す可能性さえ出てくるわよ」


「やっぱり、そうなりますよね……」


 ステイシーさんの言う通り、戦い方は考えないといけなかった。

 ただでさえ〈神聖騎士〉を連れ去った〈淫魔〉というレッテルを貼られかねないところに〈主従契約〉を発動させまくっては本当に世界を敵に回しかねない。


 そもそも個人の力で一体何人までこんな強力な〈主従契約〉を発動できるか未知数だ。本当に教会を潰すにしても潰さないにしても、アリシアを確実に守るには慎重な戦い方が求められた。大切な人を守るために手段を選ぶつもりはないけど、できることなら一か八かのゴリ押しは避けたい。


「うーん、教会の全部が腐ってるってわけでもなさそうですし、それなりに立場のある教会関係者が僕たちの正当性を保証してくれれば、ある程度は動きやすくなるんですけど……」

 

 とはいえ、教会の最高戦力にして最高権威でもある十三聖剣が暗殺に手を染めているような現状。誰が敵で味方か判別するのも苦労する状況で教会上層部に接触するなんてあまりにもリスキーだった。


 もちろんいざとなったら心を淫魔にして〈主従契約〉祭りも辞さない覚悟ではあるけど…… さてどうしたものか、と頭をひねっていたそのときだ。


「誤解ですわー! これはなにかの間違いですわー!」


 窓の外から、なにやら騒ぎが聞こえてきたのは。


「え、この声……?」


 どこかで聞き覚えのある声に、僕は思わずステイシーさんたちとの話し合いを一時中断。

 できるだけ目を離したくないコッコロやアリシアと一緒に声の聞こえてきたほうへ走る。

 すると女帝旅団本拠地の敷地内で、一人の女性が女帝旅団の女性構成員に引っ立てられながら騒いでいた。


「あのとき赤の5番に賭けてたら負けが全部戻ってくるはずだったんですのー! プラスの予感は外れることも多いので有り金オールインはちょっとまずいかとは思いましたけど悪気はなかったんですのー! だから許してくださいましー!」

「うるさい! アホみたいな賭け金踏み倒そうとしやがって! 逃げられると思うんじゃないよ! ……にしてもこいつ、外見はめちゃくちゃ良いな……」

「売り飛ばすのももったいないし、私ら女性構成員が借金のカタとしてかわいがってあげようかしら……」

「いやーっ! 女性同士にも実は興味なくはないですけど、いまはまだそのときじゃありませんわー! 先に殿方と経験したいですわーっ! こんなの飲んでないとやってられませんわ―! って……あれ?」


 と、大騒ぎする見目麗しい女性が僕のほうを見て目を丸くした。


「エリオール様! それにアリィ様ではありませんか! やはりわたくしの予感は間違っていませんでしたわ! 小うるさいシルビアを出し抜いて酒かっくらいながら賭場で大暴れした甲斐がありました!」

「え、あなたはもしかして……!?」


 大騒ぎしながら僕たちの偽名を口にする絶世の美少女に、僕もまた目を丸くする。

 それは以前、モンスターの毒に倒れていたところを助けた破天荒なシスター。

 僕に超高級マジックアイテム「豪魔結晶」を渡して姿を消した謎の女性。


 腐っている教会から逃げ出してきたと主張していた酔っ払い、シスタークレアだったのだ。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 キャリー・ペニペニやらソフィアやら、いつの間にか敬語キャラが増えちゃってたのと、シスタークレアって最初は地味に「ですわ」口調だったよね、ということでちょっとクレアの口調に調整入ってます。

 ※かなり久々に登場したシスタークレアの登場回は48話あたり、未来視での竿姉妹云々のくだりは55話になりますわ。


※2021/10/14 一部表現を修正しました。

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