第85話 鮮血姫ソフィア・バーナード

 女帝旅団と獅子王旅団が手を組んで戦姫旅団を潰す……?

 一体どうして?

 呆気にとられる僕に、落ち着きを取り戻した女帝ステイシーさんが語る。


「もう半年近く前の話だけれど……このダンジョン都市では以前、〈血の1ヶ月〉と呼ばれる事件があったわ」


 その始まりは、あまりに唐突な旅団頭領の交代劇だったという。


 いまからおよそ半年前。

 突如として頭角を現したソフィアさんは、当時所属していたらしい戦姫旅団の前身――血姫けっき旅団のトップに頭領交代の一騎打ちを所望。

 圧倒的な強さで先代頭領を下し、史上最年少で旅団頭領に就任したのだという。


 けれど正式な決闘で行われたはずの頭領交代は、内部に多くの不満を生み出した。

 ソフィアさんは一騎打ちを挑むまでの数年間どこかへ行方をくらませていたらしく、旅団への貢献はほぼ0。そんな少女がいきなり旅団のトップに立てば反発は当然で、内部抗争一歩手前だったそうだ。

 けど結果的に、内部抗争は起こらなかった。


 なぜなら頭領に就任したソフィアさんが、構成員の多くを速攻でからだ。


 そうして戦姫旅団に残ったのは、血姫時代から旅団運営を取り仕切っていた非戦闘員や新入り。あるいは一部の情報屋。そしてソフィアさんが舞い戻るとほぼ同時に寝返った一部の構成員だけだったらしい。


「正直、その粛正祭り自体は私たちも対して問題視してなかったわ。頭領交代時の内部抗争なんてよくある話だし。先代の血姫は酷い女でね。人身売買に手を出して、自分も気に入った子供をいじめて遊んでるようなクズだったから。血姫の部下も似たり寄ったり。私は連中が死んで清々しているし、この時点ではむしろ戦姫を応援してたくらいよ」


 寝取り趣味のステイシーさんが若干自分を棚上げしながら言う。


「けど、戦姫はやりすぎたの。粛正はそれだけじゃ終わらなかったのよ」


 ソフィアさんが行った粛正は、旅団内部だけに留まらなかった。

 血姫旅団と関係のあった商人、ギルド職員、小規模旅団構成員に至るまで。

 あるいは粛正するほどの関係があったとは思えないゴロツキまで。

 極めて広範囲にわたって粛正が行われたのだという。


 そうしてついた渾名が鮮血姫せんけつき

 転じて戦姫。


 それは最早ダンジョン都市の治安を揺るがすような狂った勢いで。

 ゆえに女帝旅団と獅子王旅団は見回りと護衛を強化するようになり、その中で同盟の話が持ち上がったのだ。


 いまは粛正で戦姫旅団の勢力が弱まっているからいいものの、頭抜けた力を持つ戦姫がもし組織拡大に動けば手がつけられなくなる。

 だから今のうちに協力して潰すべきだと。


 けど見回りなどを強化したおかげか、他旅団との衝突を避けていたらしい戦姫旅団の暴挙はおよそ1ヶ月で急速に鎮静化。ここ数ヶ月は事件らしい事件も起きず戦姫旅団拡大の動きも見られなかったため、同盟交渉は一度ストップしていたらしい。


「だが最近になって、また戦姫旅団がなにか怪しい動きを見せているようでな。油断して交渉をサボっているうちに負けたでは笑い話にもならん。ゆえに少し無茶をしてでも同盟締結を急いだほうがいいと思った次第だ」


 獅子王がそう言って説明を締めくくる。

 

「その話、本当なんですか……?」


 それまで大人しく話を聞いていた僕は、信じられないという気持ちで疑問を口にした。


「僕もこの街に来る前に各旅団の評判くらいは聞いてましたけど、戦姫旅団がそこまで怖い集団だなんて噂は……」


「情報を少し止めてたのよ」


 ステイシーさんが少し気まずそうに言う。


「たった18歳の頭領。加えて内ゲバで構成員が激減した旅団の暴挙に、ダンジョン都市の2大旅団が牽制しかできなかったなんて面子に関わるから。粛正事件自体が1ヶ月で止まったこともあって、軽い噂だけが広まったんでしょうね。そもそも別の街の情報なんてなかなか正確には伝わらないし」

 

 それは確かにそうだけど……。


「ま、なんにせよだ!」


 いまだに一連の話を信じられないでいる僕の横で、獅子王さんが声を張り上げる。


「長年いがみ合ってきた旅団同士による同盟締結ということでさすがの私も慎重になっていたわけだが、ここにきて裏切りやらなんやらの懸念を払拭できるキーマンが現れた!」

「うぇ!?」


 獅子王が僕の背中をバシバシと叩きながら嬉しげに言う。


「女帝と狂犬は少年に夢中。私も少年に夢中。そして少年は見るからに善性の固まりだ。少年さえ中心にいてくれれば安心して同盟を結べる。だろう女帝よ!」

「……まあ、そうね」

「よしよし。ではまたなにか戦姫旅団に動きがあれば、それを機に正式な同盟締結を発表。戦姫の暴挙を事前に食い止めることとしよう。少年、そのときは君も協力してくれるな?」


「は、はぁ」


 ソフィアさんと敵対するための同盟結成に力を貸すことに抵抗はある。


 けどなにかの間違いでソフィアさんが糾弾されているのだとしたら僕が同盟の中心にいたほうがなにかと都合が良いのは間違いない。


 釈然としないものはありながら、僕は同盟締結を見届けるのだった。



      ※


 その後。

 獅子王が「真面目な話は終わったから」とまた抱きついてきたので、僕は〈現地妻〉の力を使って宿へと逃げ帰っていた。

 

 それから一夜明け、お昼前。

 僕はベッドに寝転がりながら、頭の中でステイシーさんたちの話を何度も反芻していた。

 鮮血姫とも呼ばれたソフィアさんの暴挙について。

 けれど、


「……やっぱり、ソフィアさんがそんなに凶暴な冒険者だとは思えないんだよなぁ」


 何度考えても、思い浮かぶのは美味しそうにご飯を食べていたソフィアさんだ。

 確かに出会い頭に「殺そうか」とか言ってた気がするけど、その後のやりとりでソフィアさんのイメージはすべて上書きされてしまっているのだ。


 だからこそ、大規模な粛正を行う凶悪な人物像とソフィアさんが噛み合わない。


「……気になるなら、直接本人に話を聞いてみるとか……?」


 ベッドに腰掛けながらアリシアがそう提案してくれる。

 僕が宿に戻るのとほぼ同時に目を覚ましていたアリシアには事情をあらかた伝えてあった。


「まあそれが一番だよね。けど、ソフィアさんがいまどこにいるかなんてわかんないんだよね……」


 出会いも別れも唐突で、連絡方法なんて聞いていない。

 現在の戦姫旅団は少数精鋭なので拠点らしい拠点もないらしく、神出鬼没らしいソフィアさんに会いに行く方法なんて思いつかないのだった。


 とはいえ宿でゴロゴロしてても仕方ないし、はじめてソフィアさんに出会ったダンジョン下層にでも行ってみようかと身体を起こした――そのときだった。


「っ!? 誰っ」


 アリシアが突如聖剣に手をかけ窓の外に鋭い視線を向けた。

 それが〈周辺探知〉スキルによるものだと気づいた僕も即座に臨戦態勢に移る。


 すると地上から4階の位置にある窓が外から開き――


「あ……見つけたぁ❤」


「っ!? ソフィアさん!?」


 件の人物。

 戦姫ソフィア・バーナードさんが、爛々とした瞳で僕を見つめていた。


 ――――――――――――――――――――

 ダンジョン都市編、クライマックス手前のシリアス回。

 ……というところで大変申し訳ないのですが、本業がかなり立て込んでいるのとクライマックス手前ということで、次回はこれまでのまとめになります。

 構成の都合で少しカットしてしまったエリオとアリシアの短いやりとりを一緒に放出しようかと思いますので、おまけ程度に楽しんでいただければ。


※焦らしプレイが続いてしまって恐縮です。本格的な淫魔追放展開は88話からの予定になります。

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