第70話 リチルとプアール(3)
プアールの一家は、上級神、それも、この神の国のとてもエライ最上級神ゼウィッスの家である。そのゼウィッスの108番目の娘としてプアールは生を受けたのである。本来であればお金持ちの家である。そんな彼女が、なぜ、路地裏でパンの耳をほお張っているのであろうか。まぁ、子供が108人以上もいると、家督の継承権もありもしない。それどころか、一番下っ端すぎて家では誰も相手にしてくれない。常にほったらかしのプアールは、好き勝手に生活していた。好き勝手に生活していたらから勘当されたのかと思うでしょう。そうではないんです。108番目だから、もう、その存在そのものが忘れられていたんだ。107番目と108番目の違いなんてもう、誰にもわからない。子供の数を数えるにしても、どいつもこいつもじっとしていないものだから、80を超えたあたりから分からなくなってくる。それでも出来のいい子は、自分なりの立ち位置を見つけて生きていく。でも出来が悪いプアールは、それができなかった。そのためプアールの存在なんて誰も気にしない。というか、空気そのもの。どんくさいプアールは、兄や姉にすべて横取りされる始末。教育どころか、食事もろくに与えられない。要は不器用、超不器用な奴! 誰かに話しかけても、同様に見られたくないのか無視されていた。
「お前いたの……って、誰だったっけ?」
「不器用な奴がいてくれてよかった。私がおこられるところだったわ」
「あんた生きてて楽しい?」
「いてもいなくても一緒だな」
「お前にやる飯はねぇ!」
「………………プイ!」
つねに孤独だった。孤独の上にさらに襲いくる日々の空腹。空腹に耐えかねたプアールは、自分の命は自分で守ると決意した。
そう決めたプアールは、野良犬のように街をさまよっていた。土砂降りの雨の中、プアールは食べ物を探して、ゴミ箱の中に顔を突っ込んだ。
――今日は何もないなぁ……
ため息をつくプアールの肩を誰かがトントンと叩く。
顔をあげ振り返るプアールの鼻先にパンの耳が押し付けられた。
雨でぬれてフニャフニャになっていくパンの耳
「あげるよ」
一人の女の子がパンの耳を突き出し笑っていた。
そう、それがプアールとリチルの出会いであった。
しかし、リチルは、プアールと違い、孤児であった。小さい時に父をなくし、母一人で育てられていた。しかし、母も、リチルが5歳の時に病気を患い、あっという間に父のもとへと旅立った。両親を失ったリチルは一人で生きる。いや、生きるしかなかったのである。路地裏で、ごみをあさり、その日その日を懸命に生き延びていたのだ。
「ココのパンおいしいよ」
自分の命の綱であるパンの耳を惜しげもなく差し出すリチル。
プアールはそのパンの耳を受け取ると、むしゃぶりついた。
プアールの目には涙なのか、雨なのか分からないが、大量の水が流れ落ちていた。
プアールは、何も食べていなかった。
数日ぶりの食事である。
でも、それが嬉しかったのではない。
永らく忘れていた自分に向けられる笑顔。
自分を人として接してくれるその瞳。
そして、優しい人のぬくもり……
――私は、生きてていいんだ……
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