第38話 アイちゃん(3)
森のわき道から飛び出してきたママチャリが、パイオハザーの町へ帰ろうと走っていたアイちゃんにぶつかったのだ。
空中に舞い上がったアイちゃんの体が弧を描いて落ちていく。
ズザザザァ
砂埃を立てながらアイちゃんの体が地面に落ちた。
「ごめーん! 大丈夫!」
ママチャリからプアールが飛び降りた。
急いでアイちゃんへと駆け寄った。
ゲホッ!
アイちゃんの口から赤い血が噴き出した。
ぴくぴくっと手に持つビニール袋が揺れている。
しかし、さすがビニール袋である。
こんどは、やぶれることなく中の錠剤をこぼさなかった。流石である!
だって、また、あの錠剤を拾うとなると大変だもんね。
駆けつけた優子はホッとした。
「優子さん! これどうしましょ!」
プアールはアイちゃんを抱きかかえ、優子に助けを求めた。
「どうしましょって言っても、ぶつけたのはあんただし!」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃなくて……この子、死にそうなんですけど……」
「じゃぁ、あんたは殺人犯ね! この殺人女神!」
「私のこと責めている場合じゃないですよぉ。ちょっと治癒薬か何か出してくださいよ!」
「私はトラ●もんか!」
「それは、トラ●もんに失礼ですよ! 大体、トラ●もんは、ポケットから、優子さんはバックからでしょ! 大体、優子さん変態だし……」
「だれが変態やねん! しかも、今、megazonのせいで私のスクールバック、無期限の利用停止中なのよ!」
横を向いてふくれっ面のプアールは小さく呟いた。本当に小さく小さく呟いた。
「いやいや、それは優子さんが、言いがかりをつけたからでしょ……このモンカス!」
「だれが! モンカスよ!」
「聞こえました……地獄耳ですね」
「そうよ。私の悪口は天が許しても、私が許さないんだから!」
「どうでもいいですけど……この子、どうしましょ」
「あんた、女神なんだから、何とかしなさいよ」
「優子さん、知らないんですか? 女神だからって何でもできる訳ではないんですよ!」
「威張るな! この役立たず!」
「ひどぉぉぉい! 私がどれだけ身銭を削って優子さんに尽くしているか……そのスマホだって……うん?……スマホがあるじゃないですか!」
「どういうこと?」
「スマホで、治癒薬を買ってください! 今すぐ! じゃないと私、本当に殺人犯になっちゃいます!」
「なれば……」
「私が殺人犯になったら、もう私と会うこともできないんですよ。たぶん初犯だから10年ほどだと思うんですけど……」
「いいじゃない。せいせいするわ!」
「何言ってるんですか! 困るのは優子さんなんですからね!」
「何が困るのよ! 言ってみなさいよ! 今までだってろくに役に立ってないじゃない!」
「えーーーっと……そのぉ……あれですよ! あれ!」
「何よ!」
プアールはにやりと笑う。
「そうそう、megazonネットですよ。あれ、私が契約者だから、私がいなくなったら契約切れちゃいますよ。それでもいいんですか?」
「うっ!」
それはまずい。唯一のコミュニケーション手段を失うのは非常にまずい。
やはり、ここはプアールの提案を飲んでおくか。一日だけのことだし、ついでにブリーフをまとめ買いしておけば、ヤドンも静かになるだろう。
「分かったわよ、何がいるのよ」
「えーーっと」
プアールはアイちゃんを覗き見る。
すでに痙攣は収まっていた。
うなずくプアールは、ほほ笑んだ。
「蘇生薬お願いします」
「死んだんかーーい!」
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