第9話 冥界の扉で死者は歩く

 皆も村の異変に気付き始めた、そしてソクラスは周囲を見回して驚愕した。

 死体が歩いている。

 新しい死体や古い死体等様々な死体が歩き回っている。そして土中に埋まっていた死体も土の中から這い出してきて、山から下りてきた。

「うおおお! ゾンビだ!」

「逃げろお!」

「たたた助けてくれえ」

 村中がパニックとなり騒然とした。

「オイ! 小僧どういう事だ!」

 ソクラスはイブキに怒鳴った。

 怒鳴られたイブキはハッとして我に返り、周りがゾンビだらけになっている事に気付き驚愕した。

「何だコレは……」

 死体は緩慢な動きで盗賊団共を襲い始めていた。

 盗賊団の者共は、今目の前に広がる光景に恐怖した、それは村人達も同様である。

 ソクラスは何かを納得した様子であった

「オイ、テメーの名は何て言う? 俺はソクラスって者だ」

「イブキだ、本当は古夜見伊吹って言うんだがここではイブキで十分だな」

「大したもんだ、イブキ少し待ってろ。少し仕事してくる」

 ソクラスは死体蠢くパニックの渦中へ歩き出した。

 基本的に街道筋等に死体は珍しくない、行き倒れ等日常的な出来事なのだ。村の中にも墓場としての役割をはたす場もある。

 人々は常に死者と向き合いながら暮らしているのだ。

 だが普通は死体は動かない、動かないからこそ人は死者と向き合える。死者の向こうに自分を見ているのだ。

 なのに今この村では死体が歩き出し人間を襲っているのだ。

 これまである程度組織的な動きをしていた盗賊団の連中も、散り散りとなり逃げ惑うが何処へ逃げて良いのか分からない。

「く、来るなあ!」

「ひいいいいい」

 村は完全にパニック状態である。

 そんな中でハルカは割と平静を保っていると言えた、目の前でイブキが何かをしたのを見ているからだ。

 ハルカはイブキの正面に回り込んだ。

「ねえ、イブキがやったの?」

 イブキは困惑顔だ。

「そうよ、これは全てイブキの力の成せる業なのよ」

「ソニア、あれ? 私、今イブキの手を握ってないのにソニアが見えるし話も出来る」

 騒がしい村の中でハルカとソニアは向き合っていた、そして互いが互いに認識し合っていた。

「何も不思議に感じる事はないのよ、イブキが私達の世界と貴方達の世界を繋げたんだから」

「ソニア、こんなの聞いてないぞ! 村の人達は大丈夫なのか?」

 イブキはソニアに詰め寄り問いただした、彼もまた現在の状況に対して平静を失っているのだ。

「大丈夫よ、彼等の魂は貴方の精神を媒介してこの世界に現れているの。だから貴方が村人に敵意を持っていなければ何もしないと思うわよ? 盗賊団の連中は見ての通りだけどね」

 騒然とする村の中で平静を保つ者がもう一人いる。

 ソクラスだ。

 ソクラスは目の前でイブキの動きを見ていた、そしてイブキから広がった波動を感じているのだ。

 そしてソクラスは火の魔法術の使い手であった、その為にこの様な非常識な事態に対する精神的耐性も持ち合わせている。

 魔法術はこの世界において、支配層の人間にのみ伝承されている秘術である。そして支配層の者も戦争や権力抗争や経済破綻等の種々の原因により、野党に身を落とす事がある。ソクラスもまたそんな没落貴族の一人なのだ。

 ソクラスの知る魔法術の正統学派の中には死体を動かす類の秘術はない。だが古代文献や古文書、旧世代の碑文等にはネクロマンサーと死霊術の存在を示唆する記述がいくつか見られる。ソクラスはそう言った方面にも通じていたので、今の事態はイブキが引き起こしていると確信している。

 ネクロマンサーとは死霊を操り死体や人形を動かす死霊術士の事を指す。

 パニックに陥る手下共を一瞥し、ソクラスは大きな声を発した。

「テメエ等! 落ち着きやがれ!」

 それはある種の号令のようでもあった。

 そしてソクラスは全身から揺らめく炎の様なオーラを発し、目を閉じ何事かを呟いた、その呟きは呪文詠唱である。

 ソクラスは目を見開き、動く死体の一体を指差した。

「くたばれ! ゾンビ野郎があ! 燃えろ! シューティングフレイム!」

 ソクラスの体の周囲に三つの炎が揺らめき、それらが矢となりゾンビの一体を貫きゾンビを数メートル吹き飛ばした。

「こんなゾンビ共にビビってんじゃねえぞ! こいつ等は皆、木偶の坊だから構わず殺っちまえ!」

 既に死んでいるゾンビに対して「殺っちまえ」とは可笑しな話であるが、彼等にはそんな事を考える余裕はない。

 だがソクラスの一喝で盗賊団は一気に士気を取り戻した、そして蠢く死者の群れに対して攻勢に出た。

 ゾンビ達は次々に倒されていった、しかし数が多いだけに、盗賊団の者共も容易な作業ではなかった。

 しかし既に平静を保てる状態までは回復していた。

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