第8話 死霊は生者に希望を託す

 村はやはり騒がしかった。

 金髪の男に商人らしき男が近付いて話しかけた。

「ソクラス殿、あの娘は競りに掛ければ良い値が付きますぞ」

「お前はすっこんでろよ、こっちにはこっちの理屈があるんだよ」

 金髪の美しい男はソクラスと言う名で呼ばれていた。

 ソクラスを睨み付けるイブキの後ろからハルカが体を密着させてきた、ハルカはイブキの肩に手を添えて囁いた。

「私の事は気にしなくて良いよ……このまま生き延びても行く場所なんてないの。結局誰かに捕まって奴隷として売り飛ばされるのがオチよ」

「ハルカ……」

「他の村の人達だって自分が生きていくのに精一杯だし、皆奴等みたいな外道に脅えて暮らしてるの、どこに行っても同じ」

「オイオイお二人さんよお、見せつけてくれるじゃねえか。俺にも良い事してくれよ」

 ソクラスがハルカをいやらしい目で見た、ハルカの全身が嫌悪感で満たされていく。

「だからと言ってあいつ等に捕まってオモチャにされるのはもっと嫌よ、死んだ方がマシよそんなの」

「何言ってるんだ? ちょっと待てよ」

 イブキは背中に熱いものを感じていた、だがそれはロウソクの火が燃え尽きる風前の灯の様にも感じられた。ハルカは強い口調ではあったが何かを諦めている様にも感じられた。

「さっきイブキがやっつけた奴の腰についてたナイフを拾ってきたの、もしイブキがやられちゃったら私もすぐにこのナイフで首を突いて死ぬから。イブキは私の事気にしなくて良いよ……」

「そんな簡単に諦めるなよ……」

「私ね、イブキと色んな話が出来て楽しかったよ。できればもっと一緒にいたかったな」

 ハルカは涙を流していた、声が震えているからわかる。

 イブキは死後の世界で出会ったマルクを思い出した、ハルカの声からマルクと同じ雰囲気を感じていたのだ。生きる事を諦めた人間の放つ空気感だ、ハルカはこの世界に一筋の光明も見いだせなくなってしまっているのだ。

 イブキは自身の考えの浅はかさに怒りが込み上げてきた、そして自責の念に駆られていた。

(俺が……ハルカを追い詰めた……)

 イブキは両手の拳を堅く握り締めた。

 その時、イブキの心に美しい女性の声が響いてきた。

(そんなに自分を責めちゃダメよ、イブキ)

 イブキの眼前にはソニアが立っていた。

「ソニア、何故ここに?」

(私の事はどうでも良くてよ、男の子はね若いうちは沢山の失敗を重ねるものなのよ。人はそうやって成長するんだからクヨクヨしていてはダメ)

 イブキは俯いた。今の状況下でそんな事を言われても、どう反応して良いのか分からないのだろう。

(イブキ聞いて。今この地で死者の心が震えているわ、死ぬ事の出来なかった魂達が叫んでいるの。そしてあなたは死者でありながら生者でもある、それは死者の世界と生者の世界を分つ扉を開ける事が出来る者と言う事なの)

「何を言ってるんだ? 今はそれどころじゃないんだよ」

(余計な事は考えなくていいの、魂に身を委ねるの。貴方がこの地にやって来た時と同じ様に、その結果がどうなるかは私にも分からない。だけど今よりきっとマシよ)

 ソニアの話はイブキには全く理解できなかった、一度に多くの出来事が起こりすぎたのだ。

 眼前のソニアの後ろにはソクラスが不敵な面で笑っている。

 イブキは全身が怒りに包まれてしまった、そして思考が止まってしまった。もはやどうする事も出来ない、全身の力が失われ両膝を着いてしまった、そして涙がとめどなく流れ止まらなくなってしまった。

「うおおおおおおお!」

 そして拳を天高く突き上げ、大地に向かって振り下ろした。イブキのあらゆるものに対する怒りからくる行動であった、彼にとって大した意味のある行為ではなかった。

 空気が震えた、それは人間には感知できないレベルの震えである。

 その震えは円状に広がり村全体を覆いつくした。

「痛い!」

 ハルカは微かに、だがかなり鋭く耳の内側に痛みを感じた。

「クソッタレがあ!」

 イブキは絞り出したような声で叫んだ。

「オイ! お前何をした!」

 先程まで余裕の態度で笑っていたソクラスの表情が微かに強ばった、ソクラスはイブキからほとばしる得体の知れない波動を動物的直感によって感じたのだ。

 だがイブキには自覚はない、ただ悔しさのあまりに大地を殴っただけに過ぎない。イブキは大地に拳を突き刺したままソクラスの声には反応しない。

 だが異変は起きた、木々が騒めき小動物達は一斉に走り出し、野鳥の鳴き声が辺りを騒がしくした。

 そして村は一瞬、静けさを取り戻した。

 すると村のあちこちで悲鳴と絶叫が響き渡った、それは村人達と盗賊団の両方のものであった。

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