第5話 迫りくる危機

 その時、イブキとハルカの後ろで美しい女性が立っていた。実体感のない女性であるが、着ている服も肌の質も髪の質も顔立ちも全てが美しい女性である。

 しかしその存在を感じる事が出来ない、それはその女性がそこに居ないからだ。

(あなた達は本当に仲が良いのね、羨ましいわ)

 イブキは反射的に後ろへ振り返った。

「いたんですか?」

(いつもここにいるわよ)

 イブキは少し困った顔で頭をかいた。

「いつもいるのは分かりましたけど、何かこのタイミングで話しかけるのって意地が悪くないですか?」

 イブキは明らかに機嫌が悪くなっていた。

「どうしたの?」

 ハルカは何やら独り言を言ってるイブキを見て、怪訝な表情で話しかけてきた。そしてイブキの手を握り締めた。

「こっち行こうよ」

 ハルカはイブキの手を引き広場に行こうとした、その時ハルカは動きが止まった。

「あなたは?」

 ハルカは目の前にいる死霊の女性に気付いた。

(初めまして、ソニアって呼んでね)

 死霊の女性は自らの名を名乗り、妖しく微笑んだ。

「ハルカにも見えるのか?」

 イブキは目を丸くしてハルカを見た。

「どういう事なの? イブキの手を握ったら、突然目の前に女の人が現れたんだけど」

「いやね、俺って死んだ人と話が出来るみたいでね」

「そうなの?」

 ハルカはイブキをまじまじと見た。

「まあ俺も良く解ってないんだけどね、多分一回死んでるからだと思う」

「私にも見えるよ」

 ハルカは視線をソニアに移した、ソニアは優しく微笑んだ。

「やっぱり俺と手を繋いでるからなのかな……」

 ハルカは今度はイブキの方に向き直り、二人は向き合う形となった、そして数秒間の意味深な沈黙が流れる。それはまるで恋人同士がキスをする前の外の世界と隔離された時の沈黙に似ていた。

「やだ! 私ったら何やってんのかしら」

 突然我に返ったようで、ハルカは手を振り解きそっぽを向いてしまった。後ろからだが紅潮しているのがわかる。

 イブキはハルカの握っていた手を見つめてしまった。

(ほらお二人さん、呑気に構えてる場合じゃなくってよ)

「どういう事ですか?」

 イブキはソニアの異変に勘づき真顔で返事をした。

(この村に盗賊団が近づいているわ)

「盗賊団?」

(この周辺の村や街道や街を荒し回っている無法者の集団よ、結構な数で来ているわ)

 この世界において盗賊団等の襲撃は珍しい事ではない。今近付いてきている集団は最近台頭してきた新興勢力で、美しい団長が率いて各地の集落や街道を行きかう行商達の荷馬車を襲い、金や食料や女子供を強奪するならず者たちである。

(早くみんなに知らせた方が良いわよ)

 イブキは事態をうまく呑み込めずに立ち尽くしてしまっている。

「ねえイブキどうしたの? 盗賊団って何の事?」

 ハルカの声でイブキは我に返った、そしてハルカの顔を見た。

「盗賊団がこの村に近付いているらしい」

「ソニアが言っているの?」

 ハルカの問いに対してイブキは黙って頷いた、ハルカはイブキの手を握りソニアを探した。

「ねえソニア、イブキの話は本当なの?」

(死者の私が生者のあなた達に嘘をつく意味なんてあると思う?)

 ソニアはハルカに近付き両手でハルカの頬を撫でた、その時ハルカは頬に微かな風を感じた。

「どうしよう……」

「とにかく皆に知らせよう」

「う……うん、わかったわ」

「ソニア、盗賊団の連中が今どの辺にいるか、分かるか?」

(もう村はずれの街道沿いまで来ているわよ)

「そうか、ありがとう。ハルカはゴードンさんの家で待っててくれ、俺は村はずれまで見に行くよ」

「いいよ、私も一緒に行くよ」

 イブキはハルカを見た、二人は目と目が完全に合った。イブキの視線の先には愁いを帯びた目に微かな覚悟を秘めた表情をした少女が立っていた、イブキはそこにハルカの意外な一面を見た。

 暫く二人は見つめ合っていた、イブキはどう対応するか迷っているように見える。

「女の子がわざわざ危険を冒す事はないよ」

 考えた末に見つけた言葉がそれだった。

「別に何処にいても同じだよ、イブキが私の事守れば良いじゃない」

 イブキは考えた、ハルカの真意が見えないからだ。確かにゴードンの家にいたからとて、現状では安全が保証されるわけではない。しかし女の子を戦場と言っても差し支えない状態の場所へ連れて行くのはやはり抵抗がある。

 だがよくよく考えてみれば盗賊団のような、不逞の輩が村に押し寄せて来るならば、村全体が戦場となるだろう。ならば一人にしないと言うのも道理である。

「わかった! 一緒に行こう」

 結局イブキはハルカと行動を共にする事を選択した。イブキはハルカの中に見た哀しさに得体の知れない説得力を感じたのだ。

「ちゃんと守ってね」

 ハルカはいたずらっ子の様に微笑んだ。

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