第3話 死者と生者の交わり

(いらっしゃい)

 イブキの心の中に女の声が聞こえた。イブキは立ち止まりキョロキョロとして、ふと目を向けた先に大きめの木がたっていた

わけも分からずイブキはついハルカの方を見てしまった、ハルカと目が合った。

「どうしたの?」

「何か言った?」

「ううん、言ってないよ」

 ハルカは首をふんふんと振って不思議そうな顔で答えた。

 イブキは戸惑いながら大きめの木に向き直り、その木に近付いて行った。木の前で立ち止り、イブキはその木を見上げた。

(人とお話ができるなんて、どれ位ぶりかしら、とっても嬉しいわ)

 イブキの隣に美しい女性が立っていた、その女性はとても綺麗な服を身に着けている。そしてその女性は実体感をまとわずに、それでいて確かな存在感を持っていた。

 イブキはハルカの方へ目をやった、ハルカにはこの女性が見えてないようだ。イブキと目が合って首をかしげている。

 イブキは黙ったまま女性を見た、それはその存在を確かめる様な視線であった。女性はその視線に対して何も感じる事は出来ない様だ。

(貴方には私を感じる事が出来るのね)

 女性は静かに言った、それは意識の中に語り掛けてくる声であった。

「ハルカにはあなたが見えていないようですが。俺はどこかおかしいのですか? それともこれは普通のことなのですか?」

 イブキは女性に向かって話しかけた、それは彼が感じる率直な疑問であった。

(私はこの地で死んだ人間よ、そして死んでも死にきれないからこの場にとどまっているに過ぎない)

 どうやら地縛霊のようだ。

「それは俺の問いに対する答えになっていない」

(鈍い子ね、普通は死者と生者が言葉を交わす事は出来ない)

「ではやはり俺は死んでるって事ですか?」

(貴方は物事を短絡的にとらえる人のようね、今この場に貴方が立っていると言う事実は誰にも否定する事は出来ない。そして胸に手を当てれば確かな命の鼓動を感じる事が出来るはずよ)

「しかし俺はあなたと、こうして言葉を交わしている」

(そう、そして貴方はそこにいる生者とも言葉を交わしている)

女性はハルカを見た

(死者であり生者でもある、それが貴方のこの世界での立ち位置よ)

「難しい話ですね」

(そお? 自分で難しくしているだけじゃないかしら? 目の前にある事実を素直に受け入れれば良いだけじゃない、何か不都合な事でもあるの?)

イブキは気恥ずかしそうに頭をかいた

「確かにそうなんですけどね、何となく自分が何をすればいいか分からなくて」

(面白いことを言う子ね、自分の事なんだから自分の好きなようにすれば良いじゃない。恋の相談なら何時でも聞くわよ)

「しかし俺はこの世界においては普通とは言えない、何かやるべき事があるような気がするんです」

(それは貴方の願望でしかなくって? 普通ではなくても特別な存在とも言えない。結局この世で生きていく以上はそこで生きる人々と共に歩まなければならない、それは何処にいようと揺らぐことのない普遍的な原理なの。あなただけがやらなければならない事なんてないのよ)

「……そうか」

 イブキは少し考え語りだした。

「俺はこの世界で生きていくにしても知らない事が多すぎる、正直に言うと不安です」

(道標が欲しいのかしら? 何処にいようと人は一人では生きられないわ、貴方の抱える不安は他の人達も同じように抱えているものよ。多くの人と出会い多くの人と心を通わせなさい、人は人との繋がりによって導かれ人との繋がりが人に天命を与えるの。貴方だって何時かは肉体が滅びるのよ)

 イブキは何かに気付いたような表情となった、しかし何に気付いたのかは解らない。

(わからない事は人に聞けば良いの! それって普通の事でしょ?)

 イブキはその場で立ち尽くしてしまった、彼の中で世界が広がってゆくのを感じていたのだ。イブキは振り返り視界の先に広がる田園風景を見渡した。ただその場で立ち尽くすイブキの傍らに、ハルカは自然と引き寄せられてきた。

「どうしたの?」

 ハルカはイブキの顔を覗き込み尋ねた。

「きれいな土地だと思ってね」

 イブキは前を向いたまま答えた。

「そお?」

「ここには俺のいた世界では失われた風景がある」

 ハルカはイブキの隣に並んで立ちイブキと同じ方向を眺めた、どこか愁いを帯びた瞳が印象的であった。

「俺はここが好きだな」

 ハルカは微笑みながらイブキを見つめた、それはとても優しい瞳であった。イブキは何故か切なさを感じた。

「私はこの世界は嫌いだな……」

 ハルカは何処か遠い所を見た。

 冷たい風が二人の頬を撫でた、ハルカの髪は風に揺れていた。

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